Y o u G o Y o u r W a y      

                                                                   
 「ずいぶん悩んだんですけど、やっぱり今日もきてしまいました 。
前回は、人の多さにびっくりしているあなたの目がとても印象的でした。
きっと、迷惑を掛けているんだろうなって思っていても、少しでも近くにあなたを
感じたくてまたここで待つことにしました。 あなたと言う存在は私の中で
ものすごく大きくなっています。あなたの声を毎日聞いて生きています。
あなたの傍にずっといられたら・・・そう考えただけで胸が
苦しくなってきます。 
今日はこの前よりもっと近くであなたを感じられたら・・・。
この手紙を直接あなたに渡す事が出来たら・・・。」

 僕は霧のベールのような雨が降る中で、君を待っていた。
植え込みにちょこんと植わっている名前も知らない草花に立体的な
水玉模様がキラキラと輝いている。 片手に君から初めてもらった手紙を
握り締めて、君が来るのを待ちながら、来ない事も願っていた。
 150mほど離れたところに、紺色のワゴンが止まっている。グレーに
彩られた幻想的な街の中でそこだけは現実味を帯びて、僕を呼んでいる。
 あと、30分もすれば僕はその現実世界へ一歩一歩足を踏み出していくのだろう。
そしてワゴンに乗り込み、また僕の道を走り出していく。
 本当に僕はソレを望んでいるのだろうか?
このまま、走り出して現実世界から逃げ出すことも出来るんじゃないか?
そして、できることなら君と永遠に見知らぬ世界で寄り添って
生きていく事も出来るんじゃないか??
 そう思ったとたん、左手に持っていた傘がゆらりと揺れた。
僕が僕から逃げ出して心がふらふらと一人歩きしてしまっているを
とがめるように、冷たい雨の雫が肩口を濡らした。
 今この身に降り注ぐ雨粒ほどの数の人が僕を待っている。
 現実世界では、僕はそれほどの人の中を泳ぎ続けて生きていかなければ
ならないのだ。 そしてそれらは僕を力強く支えてくれている。
 僕は、ソレを受け止めなければならない。
かさを閉じて足元に投げ出した。そして目を閉じた。
 まぶたの奥に広がる暗い世界でいま、幕が上がる。 そして
無数のライトが僕を照らす。数え切れないほどの顔が僕達をみている。
 僕は目を閉じたまま、その世界で無意識に君の顔を捜していた。

    *****************************

 ステージも終わりに近づいて会場の熱気が、僕を熱く包み込んでいる。
僕らはマイクを片手にピアノで始まるバラードを唄っていた。
 僕がはじめて詞を書いた、思い入れのある一曲。水を打ったように
静まり返る会場のなかで言葉の船がゆっくりと漂っていく。
今までに経験した事がない感動が全身を震わせて、
僕の中にある感情の箍がはじけ飛び、思わず一筋の涙をこぼした。
 強く閉じていた瞼をそっと開けると・・・・真っ先に君の顔が
飛び込んできた。 会場の最前列で両手のひらをおなかの前で組んで
僕と同じく一筋の涙を流している。 ソレをぬぐおうともせずに
君は黙って僕を見つめている。 そしてゆっくりと口を開いた。
 「ズット、アイタカッタ」
声にならないその動きは僕の視線を捉えたまま、離す事ができなくなった。
 潤んだ君の瞳と僕の目がぶつかり合い、やがて結ばれていく。
僕は歌うのをやめて走り出したい心境に駆られた。
 マイクを投げ出してステージを飛び降り、その潤んだ瞳を
抱きしめたい気持ちが声を震わせた。
 まるで映画の1シーンのようなその光景が頭の中で
何度も繰り返されて、僕を苦しめた。
 おかしな感情・・・・。 今までこんな事がなかった。
葛藤と混乱が頭の中を行ったりきたりして僕を困らせる。なぜだか
早くステージを終えてしまいたい気持ちになり、一瞬コーラスの音が
取れなくなってしまった。 横で歌うパートナーは戸惑い僕に目線をよこした。
 僕は後ろめたい気持ちになって結局そんな気持ちをひきずったまま
ステージを終えた。 最後まで君に視線を合わせたままで・・・。

そんな気持ちを抱えている事を知らずに、外では怒涛の人波が
僕らをまっている。
なんとかして、僕らに触れようと無数の手が差し伸べられる。
 泣き出しそうな顔、必死な顔、笑っている顔、「友達だ」と言いたげな
得意顔。時には疲れ果てた顔もある。 時折、手を差し出したい衝動に
駆られるが、それら一つ一つを見ているときりがなく、すべての人に
答えようとするといつまでもそこから動けずに、時間ばかりが過ぎていく。
 いつもは、サングラスをかけ帽子を目深にかぶり感情を振り切って
足早に会場を後にする。 僕はしばらくテーブルの上においてあるサングラスを
見つめ、ソレをジャケットの胸ポケットにしまった。
 今日はやめておこう。
 もしかしたら・・・という思いが僕をそうさせた。
君が居るかも知れない・・・。 はっきりと確認したい。
 抱きしめて、涙をぬぐう事はできなくても近くで君をみて
僕の中にある、得体の知れない霧の正体を確かめたい。
 控え室のドアを静かに閉めて出口へと向かう。
廊下のあわただしい雑踏がたちまち僕の体にまとわりつく。
なぜか、「居るかも知れない」という思いは「居る」という
確信に変わっていった。
 一歩一歩出口へと近づいていく。まるでスローモーションのように
周りの光景がゆっくりと流れていく。 心臓の鼓動が大きく波打ち
廊下にこだまする声がだんだん遠ざかっていく。
 景色だけが、緩やかな動画となり僕を外へと押し出していく。
 そして、君は僕の確信を裏切らなかった。
 僕の心臓は、オリンピックでの勝者さながらに躍り上がった。

 君は、僕に少し皺のいった薄紫色の封筒を差し出した。
だが、一言も言葉を交わすことなくすぐさま君の後ろや横からも
手が伸びてきて、君は小声で「いたい・・・」といって少しよろめいた。    
 慌てて差し出した僕の手をつかんだのは、君ではなく
屈強な男の手でそのまま僕は車に押し込められた。
 車外では先ほどまでのイベントさながらに大歓声が響き渡っている。
深夜にとどろく僕の名前。 君も口にしているだろうか?
 君はどんな気持ちでこの車のテールランプを見送っているのだろうか。
 僕は右手に持ったままの君からもらった手紙を眺めた。
車の揺れるのに合わせて中からシャラシャラと音がする。
あけてみるとその音の主は、シルバーに輝くブレスレットだった。
 中央にある小さなプレートに”to you”とだけ彫ってある。
あまりこった作りではなく、どことなく手作りの温かみが伝わってくる。
 二つに折った手紙は、一番外側が白紙のままで中の1枚に君の少し
右上がりになる癖のある字が書き連ねてある。
 そして一番最後に君のメールアドレスと、携帯電話のナンバーが
記されてあった。 申し訳程度の小さなスペースに。
 車が走り出して15分もたっただろうか。 僕は窓をほんの5センチほど開けて
初夏の風を車内にいれた。
 梅雨はまだ明けておらず、多分に湿気を含んだ風は僕の前髪を揺らした。
もう、深夜になろうというのに街は活気に満ち溢れ、まるで夜が来るのを
待っていたであろう原色の少年や少女達が口々に何かを口ずさんでいる。
 こんな時間に小さな子供をつれて歩く母親の姿もある。
幼い子供は疲れたようにとぼとぼと力なく歩き、そんなわが子に母親は
困ったように手を差し伸べる。 あぁ、そうか・・・。
 この親子はただ無意味に歩いているわけではないのか。
 子供は施設か何かで、母が迎えにくるのを待ち母は急いでわが子を
迎えに行ったのであろう。 
 子供は母の元に駆け寄ると、両手を力いっぱい差しだした。
すると母親は少し笑って抱き上げる。 昼間ならどこにでもあふれる
風景。 当たり前の日常。
 そんな過ぎ行く光景になぜか引かれて、細くあけた窓から
クビを懸命に向けてみていた。
 もう少しあけてみようと、ガラスに手を伸ばした瞬間、見慣れた手が
ぴしゃりと窓を閉めてしまった。
 「そんなに乗り出したら、危ないぞ」
 僕は一言「ごめん」といって、パートナーの顔を見た。
 「それ、さっきもらったの?」
 彼は僕の右手に目配せした。君からもらったブレスレット・・・。
あぁ、そうなのか。僕はなぜあんなにあの親子にひきつけられたのだろう。
紛れもない、ぬくもりを求めて両手を差し出した子供は僕なのだ。
 無数の星に抱かれて一人きり眠るより、絶えずぬくもりに抱かれる事を
願ってやまない。 沢山の星に囲まれた僕はいつも孤独を感じていたのだ。
今夜も帰ると、冷たくなったベッドが僕の帰りを待っている。
この身の孤独を感じるには充分すぎるほどの少し大きめのベッド。
 不意に君の顔が浮んだ。 僕とは違う世界に住む君は僕を
待っていてくれるだろうか? 僕の孤独ごと抱きしめてくれるだろうか?
 ・・・・たとえソレが可能な現実だとしても、永くは続かないだろう。
僕はソレを分かっている。
 「ファンからアクセサリー類をもらったら、仕事ではつけないで下さいよ」
 マネージャーの声が冷たく脳裏に刻まれる。
 「ファンをあおるような事は禁物ですから」
 そう。僕は見ているのだ。永くは続かないという事は出会う前から
決まっていた事なのだ。ソレは君も分かっていた事。
 こうして、恋に落ちるまでは・・・・。
僕にテレながら、まだ潤んだままの瞳で手紙を差し出した両手。左手には
銀色に輝くリングがその存在を誇示していた。
 僕はブレスレットと、手紙をジャケットの胸ポケットにしまった。
入れ替わりに、サングラスを取り出しおもむろに掛けた。  
 薄闇の世界が僕を包み込む。
 鎖の感触が心臓を刺激して早鐘を打つ。
 僕はサングラス越しに、街を彩るネオンと君の手の指輪の輝きを
ダブらせて、しばらく目を閉じていた。

  ***第三章***
 
 なれた手つきで右手を伸ばす。ざらついた壁紙の感触がじっとりと          
汗ばんだ手にまとわりついてくる。たどりつくのは、今日も所定の位置で
主に押されるのを待つスイッチ。僕がいくら疲れて帰ろうが何一つ物言わず
静かにたたずんでいる。
そのかわり、瞬時に部屋を暖かい光で満ち溢れさせ主人を迎え入れる。
 一人で暮らすようになってすぐに、明かりを恋しがるようになってしまった。
家族と住んでいるときは、明るい部屋へ帰るのが当たり前になっていた。
 今ではドアをあけるとそこには暗闇がおおきな口をあけてまっている。
一体、いつになったらそんな暮らしに慣れるのだろう?
いつもなら倒れるようにつめたいベッドに直行するのだが今日はなぜか
そんな気持ちになれない。僕はここ何ヶ月もつけていないTVの前に
ゆっくりと腰をおろした。
 さっきまで車のクッションに揺られていたせいか、床の固い冷えた感触が
心地よく伝わってくる。
 TVの横にある留守番電話の点滅が「早く聞いてくれ!」と
言わんばかりに繰り返される。
 ”17件です”
機械的な声が家具もまばらな部屋に反響し、すぐさま録音された
テープを巻き戻す音に取って代わる。 
・・・・・・17件か。
今日は本番前に一度帰宅してリセットしてあるので、10時間分。
10時間分にしては多い方だが、今日のようなイベントやライブがあると
スグに件数がはねあがる。
 巻き戻しの仕事を終えた電話は次に再生の仕事に取り掛かる。
僕は時間を持て余し、立ち上がって冷蔵庫から冷えたビールを取り出した。
(といっても、冷蔵庫の中にはビールしか入ってないのだが)
プルリングを開け、1/3ほど一気に飲み干す。
喉を過ぎていく冷たさが気持ちよく全身の汗を吹き飛ばしてくれる。
 一息ついて今日初めてのタバコに火をつけると、灰皿をもってまた
さっきの場所にどっかと腰掛けた。
 ”3件目・・・・”
留守電の再生はもう始まっていた。
 もう聞き慣れてしまった声、初めて聞く声様々有るがほとんどが
どこでしらべたのであろうか「ファン」を名乗る女性や面白半分の少年達の
声だった。 中にはご丁寧に番号通知してくるものもいる。
「大ファンです!!」 「電話まってます」 「いい気になるな!!」等など。
僕はうんざりしてストップボタンを押して立ち上がり、上着を脱いだ。
 すると、テーブルの上に投げ出された上着から、君の手紙とブレスレットが
飛び出して、ブレスレットが音を立てて床に落ちた。
おもむろにソレを拾い上げると、僕は左腕の時計をはずしてソレをつけてみた。
 今は仕事中じゃない。僕が僕である唯一の時間・・・・。
そう言い訳がましく頭の中で考えながら、手首を小さく揺らして
銀色の光を眺めた。
 さっきはずした時計は確か、AM2:20だった。・・・ため息。
君はもうすでに眠りについている頃だろう。
それとも僕を間近でみた興奮に眠れずにすごしているだろうか?
それとも・・・・僕の知らない君の人に今日の事を話しているだろうか?
 思い出しながら、少し潤んだ瞳になって「楽しかった」とでも語りかけ
君の人は微笑んでうなずいているのだろうか・・・。
 僕は頭に浮んだその光景を慌てて打ち消して、残りのビールを一気に
あおった。 そしてブレスレットをつけたまま、少し温めのシャワーを
浴びた。  少し寝ておこう。明日(もう今日だが・・・。)
朝9時に迎えがくる。
”夢”というきらびやかな衣装をまとった現実が扉をたたくのだ。

 僕は翌日も、その次の日もずっと君の手紙とブレスレットを上着の
ポケットに入れていた。 だが、ファンに対して後ろめたいのか
その上着を着てステージに立つ事はなかった。
 あの日以来、5回のイベントがあったが君の姿を見つけることはなかった。
 光が満ち溢れるステージに立つと、無意識に君の姿を探した。 きょろきょろと
せわしなく動く僕の視線に司会者は「緊張してますか?」などと問いただした。
 パートナーが笑って答える。
「こいつ、ホンと落ち着きがないんですよ。」
会場が穏やかな笑いに包まれる。 僕もつられて笑う。あぁ、きっと
引きつった妙な笑い顔に違いない。
 最近は、かえって観客の居ないスタジオやTVでの仕事の方が
落ち着く。何も気にならずに歌う事に集中できる。
 自分の選んだ道。 いくつも遠回りしながらやっとたどりついた道。
何度もあきらめながら、いつもいつもラストチャンスと思って全力で道を探した。
時折耳にする雑音にも耳を貸さずに、自分が自分であるためにこの道を選んだ。
 道の周りにはいつも沢山の花が咲き乱れ、道行く僕を励ましてくれる。
 道の周りには何本も木が生い茂り、大地を守り道行く僕を支えてくれる。
それは、パートナーもおなじ思いだった。おなじ思いだからこそ、
仕事に集中しきれていない僕が気になったんだろう。パートナーは
本番が終わったばかりの控え室で、唐突に口を開いた。
 マネージャーやスタッフは次の仕事の準備に出払っており、控え室には
僕とパートナー2人きりだった。
 「ずっと、気にしながらこのままってのはやっぱりよくないよ」
初めは何のことをいってるのかわからなかった。
 「最近、あまり真剣に仕事に打ち込んでるようにみえないんだ」
そう。いつか言われると思いながら毎日すごしていた。
 「これ以上続くと、俺からギブアップするかも」
パートナーは立ち上がり、鏡の前で帽子をなおした。
 「気になるんだったら、電話してみろよ。ブレスレットの彼女」
そういってパートナーは僕に向き直り、まっすぐに僕を見た。
 「大丈夫だよ!誰も気づいてないし、俺も言う気ないから。」
近づいてきて、僕の肩を軽くたたくと彼は控え室を出て行った。
入れ替わりにマネージャーが携帯電話を片手に
 「あと、30分で次いきます!!」
といって入ってきた。再び携帯電話を耳にあて大きな声でなにやら
言いながら乱暴にドアをしめて出て行く。
 僕はバッグから携帯電話を取り出すと、上着のポケットから薄紫色の
便箋も取り出した。
 あの日以来、毎日あけて見ているせいかところどころ皺が増えている。
 改めて確認しながら、プッシュボタンを一つ一つ押していく。
ボタンを押すたび、君に一歩一歩近づいている気分がする。
鼓動が高鳴り、電話を持つ手が汗ばんでいく・・・。
『もしもし?』
コール音が突然途切れ、聞き覚えのある君の声が耳に飛び込んでくる。
かすかな雑音に時々さえぎられながら、君と僕ははじめてひとつの
線で結ばれた。

***第四章***

    
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結局あの電話で、君に信じてもらう事が出来なかった。
名前を告げたとたん『いたずらはやめてください!!』と
勢いよく電話を切られてしまった。
僕はなんだかおかしくなって唇の端で少し笑った。
又雨が強くなり、僕の髪は朝の努力も空しくずぶぬれに任せたままだった。
 君は来るのだろうか?僕に勇気はあるのだろうか?
この恋に終止符は打てるのだろうか・・・・・

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 目覚めると、西に向いた小窓から真っ赤な光が薄暗い部屋に一筋の光の
道を作っている。
 君に初めて電話してから幾日がすぎているだろうか?
そんなことを考えながら、メールのチェックをしようと携帯電話に
手を伸ばした。このところ日課になっている動作。
 フラップを開くと液晶に明かりがともる。・・・PM6:08。
せっかくの久し振りの休日も半分以上終わってしまってる。
 半日何にもしなかった・・・。いや、寝る前に君にメールを送ったっけ?
僕はメールボタンを押した。相変わらず君からのメールは来ない。
 もう、何度メールを送っただろう。『いたずら』と言われた電話。
僕にはもう一度電話する勇気などあるはずもなく、何度か信じてもらえるように
メールを送ってみたが、一度として返信された事がない。
 僕は携帯をベッドの脇のテーブルにほうり投げた。かさっと言う音をたてて
君からの手紙の上に携帯が降りた。・・・一体何をしているんだ?
だんだんとイライラが募り君からの手紙をテーブルから取り上げ、
くしゃくしゃに丸めてそのままくずかごに捨てた。
 君に連絡をとって何になるんだ?君はもう他の人のものかも知れないし、君だって
単なるファンなのかもしれない。ファンの一人に何を必死になっているんだ?!
 もっと他にファンはたくさんいる。 なのにたった一人のファンに
何をやっているのだろう?! もどかしさと、恋愛感情を取り違えているんじゃないか?
 君と触れ合ったたった数秒でどうしてこうまで心をかき乱されなくちゃいけないんだろう。
・・・・・部屋が蒸し暑い。寝る前に入れたエアコンももうすでに切れて、
真夏の夕方の熱気が部屋に充満している。
 少し頭を冷やした方がいい。  
僕はベッドから立ち上がり、歩きながら着ていたTシャツを脱いでシャワーを
浴びにいった。
 ほとんど水のようなシャワーが全身の熱を流していく・・・。
僕は何もせずただただ顔に降りかかる雫を両手でぬぐっていた。
 それでも完全に平静を取り戻すまで、時間がかかるように思える。
左腕には君から貰ったブレスレットが揺れていた。いつつけたのか覚えてもいない。
 夕べかなり酒が入って帰宅したので、その時につけたのかも知れない。
僕はシャワーを止めて、乱雑に全身をタオルでぬぐった。クロゼットから
下着とTシャツを出し、ソレを身に付けるとタバコに火をつけた。
 ・・・・・やっと落ち着いてきた。カーテンをほんの少し開けて外の明かりを
部屋に入れた。まだ7時前なのだろうか?外はまだ明るく夕焼けにビル郡の
シルエットが浮かび上がっている。
 不意に、電話の呼び出しメロディが静寂を打ち破った。
メールの着信音だ。驚いた拍子にタバコから灰が落ちジュータンを汚してしまった。
 大またで部屋を横切り、先ほどのベッドに座る。メールの送信者は・・・・
君だった。
  『 先日はごめんなさい。あまりに突然だったので、気が動転してしまいました。
   でも、本当にあなたが本物であるという確信がいまだにもてません。 
    この一週間悩みました。TVであなたを見てると、その人から本当に
   電話があったなんて到底信じる事が出来なくて。今までいろいろと
   いたずらとかもありましたし。 だから今回のあなたが本物であるという
   確信が欲しいのです。メディアを通じて何か証明できますか?
   あなたが偽者なら・・・もう二度と連絡しないでください。
   このメールアドレスも明日から変えます。確信がもてたら
   またメールさせていただきます。 それでは・・・。』
僕は言葉を失った。 メディアを通じて?どうやって?偽者?頭まで混乱してきた。
せっかく冷めた熱もぶり返し、エアコンのスイッチをいれた。
 何度か送ったメールで、僕が僕であるという事は何度も繰り返し書いたつもりだった。
・・・・だめだ。頭が混乱しきって真っ白になってしまう。
とりあえず、僕はくずかごから君からの手紙を拾い上げた。
 くしゃくしゃになった手紙を破れないように一枚ずつ広げる。
そこで僕ははじめて気づいた。今まで白紙だと思っていた一番外側の便箋。
右下に小さく住所が書いてあった。この住所だと君が住む町は郊外の住宅地だ。
 混乱していた頭の整理もつかないまま、僕は再びクロゼットに向かい、
はきなれたジーンズをはき、薄手のジャケットを着込み・・・・気がつくと
 車に乗り込み、ハンドルを握っていた。
久し振りに運転するせいと、東京の地理に不慣れなせいとで緊張がみなぎる。
『あなたが偽者なら・・・もう二度と連絡しないでください。』
そのただの文字の羅列が僕を動かしたのだろうか?
 直接君に会えばこの混乱も、募るいらいらも解消できるかもしれない。
 あたりはやっと薄闇に包まれ、街は夏の夜へと身を任せていく。

***第五章***

                   
 君の住む街についた頃、あたりの景色は夜の闇に身を潜めていた。
 上京の餞別に姉が買ってくれたナビゲーションのおかげで何とか道に迷うことなく
たどり着くことができた。  液晶画面に赤く記された道が目的地はもうすぐ
そこであることを示している。
 僕は小さな畑の脇に車を止めて少し冷静になろうと努めた。
気持ちシートを倒して、ゆっくり深く目を閉じる。暗闇がいっそう色濃くなり
幾何学的な光がいくつもフラッシュバックしては、消えていく。
 子供の頃からそうだった。 目を閉じなくては見えないこの不思議な光を
見ていると、だんだんと落ち着いていく。 交錯する光の束が瞼という
スクリーンを横切るたびに僕は心地よい浮遊感に酔いしれる。
 夏の夜。 右手に広がる住宅地のどこかで子供達が花火にでも
興じているのだろう。 バチバチという音にまじってカン高い嬌声が
静まり返った空間に響き渡る。
 つい3時間前に目覚めたばかりだというのに、今日という日がとても長く
感じられる。なぜ今僕はここにいるのだろう。
 僕は携帯のフラップを開いてもう一度君からのメールを読み返してみた。
 君に初めて会って恋に落ちてしまった自分。・・・今では
本当に恋に落ちているのかさえ分からなくなっている。
 君の顔さえはっきりと思い出せない。ただ潤んだ瞳だけが脳裏にやきついてる。
 その瞳を抱きしめたいと思った衝動。
 君に会いたいと思った動揺。
 君に会えない、信じてもらえないジレンマ。
 ・・・・・そうだ。僕が僕であることを信じてもらいたい一心。
 ソレが僕をここまで呼び寄せたんだろう。
 生まれて初めてたずねる、見たことも無い街へ。君が毎日呼吸する街へ。今は
恋に落ちているのかどうなんてどうでもいいのかもしれない。
君にあえばきっと分かるだろう。君の瞳が僕に答えをくれるだろう。
 僕はシートを戻し、ゆっくりを車を前進させた。
 ものの数分で君のいるアパートを見つけることができた。
僕は手紙の住所とアパートの名前を照らし合わせて何度も確認した。
 6世帯ほどの小さな鉄筋アパート。その2階の一番奥が君の住む部屋だ。
 僕は何度も深呼吸して車を降りた。左手で勢いよくドアを閉める。
 その音がスタートの合図。
 夜のしじまに包まれてまだ昼間の熱気を残すアスファルトに一歩づつ足を踏み出す。
 僕はアパートの南側にまわり君の部屋を見上げた。 ベージュ色のカーテンの向こうに
明かりがついている。
 スグそこに君がいるんだ。君にあえるんだ。
 僕はエントランス側に周り足音を忍ばせて階段をあがる。君が毎日上る階段を
僕は今静かに君へとむかっている。
 そしてドアの前に立つ。表札はない。いや、少し前まではあったんだろう、
その部分だけが色あせずに痕を残している。
 ここが120%君の部屋だという確信はない。 もしかしたらこの表札が物語るように
君はどこか遠い街へ引っ越してしまったのかもしれない。
 何度もインターフォンに手を伸ばしてはためらい、下ろす。
 少しの不安に心を揺らされて、いつまでもたち尽くしてしまう。
 僕は廊下の手すりに寄りかかり、勇気の充電をはかった。”押せ!押せ!”
と頭の中から今にも声が聞こえてきそうだ。
 「よし」
 と、一声小さく自分に勢いをかけ、両頬をぴしゃりとたたいた。
そして、インターフォンに手を伸ばした瞬間、突然ドアが開いて
身に覚えのある顔が半分覗いた。  
そしてその視線は僕の顔に釘付けになる。
さっきまでキョロキョロとさまよっていた瞳は見る見るうちに驚愕の表情へ変わっていった。
 「・・・・うそ・・・・?」
 君はそう言ったきりだまりこんでしまった。
 「こんばんは・・・・」
 こっけいな挨拶だった。だが不意打ちをくらった僕にはその言葉しか
今は出てこない。
 しばらく見詰め合ったまま、どれくらいいただろうか?
 唐突に君が口を開いた。
 「あの・・・いま部屋散らかってるんで、外でもいいですか?」
 「あ、あぁはい。いいです・・・。」
君の言葉どおり、部屋の中はダンボールの山がいくつか出来ていた。
 引越しでもするのだろうか?  君は赤いサンダルを引っ掛けて、
手早くかぎをかけた。
 僕達は黙り込んだまま階段をおり、外にでた。
 複雑な気分だった。君にやっと会えた。なのに君は少し冷静にみえる。
僕ほど君は悩んでいなかったのだろうか? 会いたいとは思ってなかったのだろうか?
 僕の前を行く君の後姿・・・。歩くたびに揺れるまっすぐな長い髪・・・。
 その髪に触れたいとおもった。手を伸ばせば君がいる・・・。
そう思った瞬間、僕は後ろから君を抱きしめていた。

***第六章***
             

 君に伸ばした両腕は君の胸の上で強く繋がれた。すると君の肩がかすかに
震えているのが分かった。 頬には一筋の涙が伝っている・・・。
 僕はゆっくりと手を解いた。どうしていいのか分からなかった。
なぜとっさに君を抱きしめてしまったのかも、君がなぜ涙を流すのかも分からなかった。
 頭の中で夏の嵐のごとく強い風が吹きまくり、思考のすべてを混乱させているように。
 「・・・ごめんなさい・・・」
 君は小さな声で僕に言った。 そしてゆっくりと向き直り僕を見上げた。
そこには僕が恋してやまなかった君の潤んだ瞳があり、まっすぐに僕を見つめている。
 そして、その瞳に僕が映っているのが今ははっきりと分かる。
その瞳を、ずっと見ていたいと思った。 息ぐるしくなるほどもう一度抱きしめてしまいたい
と思った。
 「・・・なんか突然のことで混乱しちゃって・・・」
 涙まじりの震え声で僕を見つめながら君が言った。君は決して冷静ではなかったのだ。
君の心の動揺を分かってあげられる事が出来なかった僕は自分を責めた。
 「・・僕の方こそ・・・急にごめん・・・。でも、信じてもらいたかったんだ。
  君に、もう一度会いたいと思ったことも、僕が本当に僕であるということも」
 僕は一気にまくし立てたい気持ちを抑えた。今伝えなくちゃいけないのは・・・
 「もう一度、ちゃんと逢って欲しいんだ。君が・・・・」
 その先を言葉にする勇気はまだ無かった。・・・ホカノダレカノモノデアッテモ・・・
 君は少し黙って考えているようだった。その間も絶えず目じりの涙を中指でぬぐいながら
鼻を鳴らし、涙を止めようと努力していた。
 「・・・明日、もう一度メールします。その時に新しいメールアドレスも伝えます。」
 まだ少し震えている声で、しかししっかりとした口調で君は僕に言った。
 「だから・・・今日はもう・・・」
 僕はゆっくりと頷いて、最後にハンカチを君に渡した。 しばらくソレを見つめてから
君は受け取り、僕に背中を向けてゆっくりと歩き出した。
 僕は君の背中をしばらく見送ってから、車へ歩き出した。
アスファルトの歩道に出ても、まるで固さを感じない雲の上を歩いているようだ。
 今見た君の瞳は夢だったのか? この腕に残る柔らかな感触は幻だったのか?
・・・いや。夢でも幻でもない。その証拠に君は君の部屋の玄関の前に立ち僕を
見つめてる。 通路のフェンスを両手でつかみ、何か言いたげな表情を僕にむける。
 走り出したかった。再び君の元に走りより抱きしめてしまいたかった。
でもソレは君が許さなかった。 僕と目が合ったとたんにペコリと頭を下げ
 部屋の中へ消えてしまった。 僕に残された道は唯一つ。元来た道を引き返すだけだった。

 翌日、仕事場で合流したパートナーに君と会ったことを伝えようか迷った。
あれ以来パートナーは君の事もブレスレットの事も聞いてこないし、君と僕の間がまだ
不安定な事もあって、パートナーに伝えるのはやめにした。
 収録を終え控え室に戻り、携帯を開くと君からのメッセージがあった。
そこには、君が結婚している事、その相手が海外へ単身赴任してること、先月具合を悪くして
もう良くなったのだがやはり妻も行くべきだとの両親の意見もあり、秋口に夫の元へ
引っ越さなくてはならなくなってしまった事などが書いてあった。
 結婚の二文字が僕を少し動揺させたが、僕の気持ちにさして変化はなかった。
君の薬指のリングを見たときから、予想はついていた。
 あのリングの輝きに一時は戸惑いもあったが、実際君に合ってみてもうそんなことは
どうでもよくなってしまった。ソレよりも、君が夫の後を追っていってしまうのが
心に響いた。 ・・・・二人には時間がないのだ。
 僕は、マネージャーが急がせるのを無視してメールをうった。
 『君に会いたい。 君にもう一度会いたい』
 僕はそれだけうち、送信ボタンを押した。
 僕を見送る君の瞳を見たときにはもう分かっていた。君と僕はきっと
どんな業火に焼かれようと、どんな暗闇にまぎれようと愛し合うであろうということを。

***第七章***
             

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 まさか、こんな日が来るとは思いもしなかった。
私はドアを後ろ手に閉めるとそのまま寄りかかり、自分の両肩を強く抱きしめた。
 まだ心臓が強く鼓動を打っている。 抱きしめられた感触を思い出し全身に鳥肌が
立つ。 ・・・・・エンジンの音。
 あなたが帰ってしまったのだ。 たった今までブラウン管を通してではなく
実在の人物として生きているあなたがいたのだ。 そして確かに言った・・・。
『君に会いたかった』と。
 私はベッドに横たわり携帯を開いてあなたからのメールに再び目を通した。
今、ものすごく混乱している。 私のほうこそ少しでもあなたに近づきたくてイベントや
ライブに足しげく通った。 少しでもあなたを知りたくて毎晩インターネットで
情報に目をとおした。
 ・・・・また涙がこぼれてきた。 なぜだか分からない、悲しい気持ちと嬉しい気持ちが
ない交ぜになり混乱している自分が情けなかった。 でもそんな自分をあなたに慰めて
欲しいと思った。そして私も言うのだ。
 『あなたに会いたかった。』と。
 あなたの歌声を聴いて、歌うしぐさを見て、流れるように描かれる指先の動線を見て・・・
私はあなたを欲しいと思った。 あなたの傍にずっといたいと思った。
 そして私のためだけに、甘い恋のバラードを歌って欲しいとそう思った。
 いつのまにか、親指が携帯のメールボタンを押して私の気持ちを次々と文字化して
いく。 ソレは私の熱い悲しい思いとは裏腹に、固くそっけない文字の羅列にしか見えなかった。
 クリアボタンで一文字づつ消していく。私の気持ちをゆっくり消去しなければならない。
ソレを実現するなんて到底許されるものではないのだ。
 私が、未来永劫の契りを結んだのはあなたではない、別の誰かでその人は私を遠い異国の
空の元で待っている。
 そしてあなたの周りには、私のようにあなたを愛してやまない人たちが私のように
あなたを欲している。
 涙を拭こう。 私はテーブルの上からクリネックスを一枚取り出し涙をぬぐった。
そして『本文』を打ち込む。
 これを送信すればもうあなたにはあえなくなるかもしれない・・・。
それでも、私は自分の人生を後戻りする勇気はない。 そして完全に『会えない』と
入力する勇気もなかった。
 今はあなたに会えた嬉しさよりも悲しみの中で迷走する自分の弱さを恨む事しか
出来ないでいた。 目を閉じ静かにあなたの唄を口ずさんでみた。
 頭の中であなたの歌声とリンクして幸せな二人が思い描かれた。
だけれど、実際にプライベートであなたと会い抱きしめられた私の歌声は背徳の響きを
含んだ切ない咆哮でしかなかった。 私は静かに咆哮しているのだ。
 『私もあなたに会いたい・・・すべてを振り切ってあなたのもとに・・・』
 
 翌日目がさめると、もう太陽が南中をさし部屋の中一杯に日差しがあふれていた。
私は慌てて、時計を見て受話器をとり会社へのタイルを押しそうになった。
 ・・・・そっか、もう退めたんだっけ。昨日貰った花束が私の未来を祝福している。
 「旦那さんと仲良くね!」「あっちに行く前に食事でもしようね」
なんて同僚達に言われたっけ。すべてが円満に幕を下ろしての花道だった。
 一晩たっても私の心のもやがあまり晴れずに、ただボーっと外を見つめた。
 西へ東へハネた髪の毛、泣きながら眠ったせいでまつげもバリバリいって瞼がはれぼったい。
こんな姿、あなたには見せられないなぁ・・・・。そう思うとなんだかおかしくて、
心の靄が少し晴れた。なぜだか鼻歌まで出てきた。 昔子供の頃夢中だったアイドルの
懐かしい大ヒット曲。 もうロクに歌詞も出て来ないのに頭の中にどんどんメロディーが
溢れ出す。 そうだ、チョット遅くなったけど洗濯でもしようかな。
 夕べのあなたのハンカチは手洗いで・・・・。そう思ったとたん鼻歌も少し浮かれた気分も
どこかへ吹っ飛んでしまった。 夕べは会わないって決めたのに私は会うつもりでいたのだ。
ハンカチを返す口実でまた会おうと、姑息な考えでいたのだ。
 私は自分の意識下の行動に愕然とした。別に返さないで思い出としてとって置こう。
それでもいいじゃない?
 ハンカチは、濃いグレーの無地で頬に当てると綿の固さが気持ちよく肌を滑った。
 このハンカチのどこかにあなたのぬくもりが潜んでいる。そしてソレは私の涙のぬくもりと
一つになったのだ。 ・・・・洗わずにこのまま・・・・。私はまた涙を流した。
 どうしようもなく、あなたに会いたかった。もう一度あなたに抱きしめられたかった。
 そっとあなたの名前を口に出してみる。それだけで思いは一層燃え上がってしまった。
あなたに会いたい、あなたに会いたい、あなたに会いたい、あなたに会いたい・・・・。
 外で短い命を悲観するように叫ぶセミの声も聞こえないくらい、私の心は叫んでいた。
 突然、携帯電話のメールの着信音がその叫びを打ち砕いた。
    『君に会いたい。 君にもう一度会いたい』
 私の心は再び叫び声を上げた。


***第八章***



 もうすぐ、もうすぐ約束の時間だ。 いつもならせわしなく前進し続けている
はずの秒針でさえももどかしく思えてくる。 さっきから何回時計をみただろう。
 外ではざわついた街が真夜中へと加速していく。
 僕は「羽目をはずさない」約束で都内で唯一いる地元の友人の部屋を借りた。
君が来るのと入れ替わりで、彼は夜の仕事へ行く。学生時代は生徒会を仕切るほどの
まじめな少年だったが、今ではれっきとした夜の住人になってしまった。そんな僕は
昼も夜も無い、時間をさまよう職業についている。 どっちがいいのだろうか?
夜の魅力にとりつかれた彼はいう。
 「夜も昼も関係ない。ただ自分の居場所を知ってしっかりと生きていればいい。」
 僕は自分の居場所を知っているのだろうか? そんな疑問を持つ事自体
情けなかった。夢にまで見たステージが僕の居場所ではなかったのか?
ステージはいつか確固たる僕の居場所になってくれるのだろうか・・・・。
 「帰るとき、別に連絡はいいから鍵だけポストに入れといてくれ」
彼の声が僕を現実に引きもどした。
 こんなところで再会だなんて味気ないかも知れないが、人目を気にして
ビクビク逢っているより、この方が得策に思えた。 君とゆっくり話がしたい。
 君がきたら何から話そうか?自然に話せるだろうか?
笑顔になれるだろうか?
 僕は目を閉じて君が僕の前に座って話す様を想像した。長い髪を耳にかけ、
僕の目を見て楽しそうに頷いたり、笑ったりしている・・・。
 夢とうつつの間を行ったり来たりしながら、TVの音にまじってインターフォンの
音が聞こえたような気がした。 そして君の声がどんどん近づいてくる。
 ・・・夢なのか・・・・現実なのか・・・・。
 気が付くと君は僕の前に座り、ペーパーバックを読みふけっていた。
何を読んでいるのだろうか? 書店名の入った表紙に邪魔されて君が何を読んで
いるのか分からない。 ふっと君の目線が本から離れた。
 「・・・起きた?お友達、出かけちゃったみたい」
僕は慌てて起き上がると、急いで髪を撫で付けた。
 「御仕事忙しいんでしょう?時間大丈夫?」
さらに慌てて時計を見る。 約束の時間から1時間もたっている。
 「ごめん、寝ちゃったみたいだ・・・。」
普段、心地よいソファでもこの日ばかりは恨む。 あと1時間も
すればタイムリミットだ。
 「時間あんまりなくなっちゃったね・・・」
 僕はため息混じりに、申し訳なさそうな視線を送った。でも
君は笑って答える。
 「ううん。いいの。可愛い寝顔だったから。」
 僕は顔が赤くなっていくのがわかった。この前の戸惑った君とは違う、
何か吹っ切れたような明るさが君を一層引き立たせる。
 潤んだ瞳よりも、笑顔の瞳の方が数倍も愛しく思えてくる。
 僕は、テーブルに置かれたもうぬるくなった麦茶を一口含んで君をみた。
 「この前はごめん。突然会いにいったり急にあんな事・・・」
 あの日、背中から君を抱きしめたシーンが脳裏をよぎる。
 「うん。本当にびっくりした。でも・・・・」
 君はすこしうつむいて、しかし決心したように話だした。
 「もういいの。 私の気持ちはもう、走り出しちゃったみたい・・・。
  自分でもびっくりしてるくらい。ここにこうして・・・あなたの前に
  いる自分に」
 そういって僕に向き直り、また笑顔を見せてくれた。
 「今は、あなたが”本気”であることを祈るだけ・・・。ごめんねこんな
  こといって。」
 吹っ切れたつもりでも、やはり幾分不安なのだ。僕は僕の立場を改めて
いう気は無かった。 ただ、本当に君に惹かれている事を伝えなくてはいけない。
 「祈らなくても大丈夫だよ・・・。祈る必要なんてない。」
そう。僕は君を欲している。 君の傍にいたいとおもっている。君を愛している。
 「もう・・・戻れないね。私たち」
 僕は立ち上がって、君の隣に座り君を抱きしめた。
 この前とは違う君の力が、僕に返ってくる。僕は少し力を弱めて呟いた。
 「ずっと君に会いたかった。 ずっとこうして抱きしめたいと思ってた」
 Tシャツ越しに暖かい涙の感触が伝わってくる。
 「夢じゃ・・・無いんだよね?」
 君の細い涙交じりの声に僕は頷いた。 僕達の周りには何も無かった。
現実も夢も、家族も友達も・・・何も存在しなかった。
それらに背を向けて、僕達は人生を途中下車して別の列車に乗り込んでしまったのだ。
 人目をはばかり、手に手をとって僕らの列車は今走り出したのだ。

***第九章***


 新曲のキャンペーンもやっと一段落ついた。たった今終えたばかりのTV出演で
しばらくTVの仕事も無くなる。 寂しさと開放感が心地よい疲労となって
肩にしみてくる。
 僕は決意していた。 あの日から数回君とあの部屋で逢っていた。
たわいも無い話に君はころころと良く笑った。だが、いつも時間に後ろ指をさされ
背中をたたかれ、ある程度の時間をすごすと君と僕はまた別々の部屋へと帰る。
 君と逢って帰っても冷たいベッドに身をくるむ事には変わりない。
 君と逢っている数時間以外の僕は孤独感を倍増させていた。
 今日はあと1本ラジオの収録が終われば自由の身になる。11時前に帰れるなんて
本当に久しぶりだ。 僕は君を部屋に呼ぼうときめていた。
 ラジオ局について収録前に何とか時間を作り君に電話した。誰にも聞かれたく
無かったので、屋上に出ようと思ったが折からの強風のせいであいにく頑丈な
鍵が僕を拒んだ。 仕方なく踊り場でかける。 君の答えは僕を絶望のふちに突き落とすに
充分過ぎるほどのものだった。
 『ごめんなさい。今日・・・・・パスポートを取りに行かなくちゃいけないの』
僕は何とか平静を保ったような作り声で、また今度というのが精一杯だった。
 携帯のフラップを閉じ、僕を拒んだ鍵にこぶしを強めに当てる・・・・。
そんなことをしたって、鍵が壊れるわけでも開くわけでもない。そんなことは分かっていた。
僕はもう一つ、今度は力を入れて鍵をたたく。 外の強風が非難するように、ばたばたと
音をたてているだけだった。

 なんとなく、気まずかった。君の声を聞くのも君に逢うのも。
君も同じ気持ちなのか君からの連絡もない。このまま終わってしまうのか?
 不安と後悔が交代で僕に襲い掛かる。 君をこの手で抱きしめたのは幻だったのだろうか?
 最近は仕事も以前より早めに終わり、一人の時間をもてあそぶようになってしまった。
 そして、そんなときは決まって僕は結局のところ一人ぼっちなのだとあきらめに似た
感覚にとらわれてしまう。だめだ・・・・このままでは何もかもが壊れてしまう。
そうだ。こういうときには行動した方がいいのだ。  今までだってそうしてきたじゃないか。
君に逢いたいと思うから逢うのだ。ただソレを素直に口にすればいいだけ。
 僕は君にこの気持ちをなんとしても伝えたいと思った。・・・がその決心は電話の向こうの
棒読みのアナウンスでしぼんでしまった。
 『・・・お客様のおかけになった電話番号は電波の・・・・』
いや。まだ手はある。僕は携帯で合鍵の隠し場所と明日の帰宅の予定時間を入力して君に
送信した。 気まずさはどこかへ吹き飛んでしまった。君が僕だけのものではない事は
充分分かりすぎるほど分かっていたはず。なのに、今回の事で君を傷つけてしまったかも知れない。
 はたして君は明日僕の部屋にきてくれているだろうか? 僕を待っていてくれるだろうか?
 これほど、”明日”というものが待ち遠しいと思うことは今まで無かった。
 君と逢い、たわいも無い話をしている時は時間はとても早く過ぎ去っていくのに
こんな時にはとても遅く感じる。 神様か誰かがいたずらに”大いなる時計”の針を
もてあそんでいるのだろうか? だとしたら僕は神様をきっと恨むだろう。
 ・・・・おかしな話だ。僕は神の存在なんか信じちゃいない。存在を信じ敬っているのなら
君への思いは胸にしまったままだったろう。 僕が信じているのは、僕自身のこの熱い気持ちと
僕にむかって走り出した君の気持ちだけだ。
 翌日僕は、スタッフの誘いをことわって急ぎ部屋にかえろうとした。「寝不足で頭がいたい」と
いうと、すんなり帰してくれた。明日は大事な打ち合わせが朝一番にはいっていたから
ソレまでに体調を整えておくようにとだけ釘をさされた。 そしてそのスタッフはいそぎ
薬局へ走り10錠いりのバファリンを僕にさしだした。僕はこういう暖かいスタッフに囲まれて
仕事をしているのだ。 胸に熱いものがこみ上げてくるのを感じながらもスグに罪悪感に
取って代わった。「ごめん、本当にありがとう。」 それは本当に心のそこから出た言葉だった。
 僕は送りの車の中で携帯の着信を確認したが、君からのものは無かった。
時間を確認すると約束の時間を過ぎている。すぎているなんてものじゃない。僕が今日だと
おもっていた日はとうに終わっていて、日付けさえ変わっている。
 「・・・・3時間か」小さく呟いたつもりだったが、隣のマネージャーに聞こえていたらしく
(腕を組んでぐっすり眠り込んでいたのだが) うっすら目をあけて何か言ったかと
聞かれた。「いびき、うるさいっすよ」 僕は一言そういって笑った。心とは裏腹の表情だった。
 マンションに到着するなり、エレベーターを確認するとはるか屋上階でとまっている。
 時間がもったいないと思い5階の僕の部屋まで、駆け足で上った。
 途中息を切らしながらなんとか駆け上がることができた。 この業界に入ってからだが、腹筋を
鍛えていて良かった。以前の僕なら3階位から歩いていただろう。
 そして、玄関の鍵穴に鍵を差し込む。そっとドアをあけてみる。
 ・・・・たたきに有るのは見覚えのある履きなれた僕の靴だけだった。
急に今日一日の疲労がドッと襲ってきた。息切れしてまだ肺がずきずき痛む。
 投げやりな感情で乱暴に靴を脱ぎ、放り投げる。ドンと言う音に背を向けて、左にまがってキッチンに
はいった。 とりあえず水を一杯飲もう。 肺の痛みと、心の痛みから少しは解放されて落ち着くかも知れない。
シンクの脇からコップをとりあげ、勢いよく水を注いだ。 コップからあふれた水が手にかかり
気持ちいい。 そして口に運び一気に飲み干そうとして気が付いた。
 (・・・・居間の電気つけっぱなしにしていったっけ?)
 朝早く出掛け、夜遅くかえる時はカーテンはすべて閉めていっている。そしてたまに
部屋の電気を消し忘れて出ることがある。特に最近は考え事ばかりしているのでよく忘れる。
 だから、心に浮んだそんなちっぽけな疑問もスグに納得に変わってしまう。
 僕は空になったコップをそのままシンクに置き、まっすぐシャワーを浴びた。
 コップが空になったように、僕の頭の中も空っぽになってしまった。
 シャワーを終えると、裸のまま居間を横切り帰りにコンビ二によって買った新しい
下着を着けた。 (実のところ、洗濯はここ1週間ほどしてない。)
 ビールでも飲もうかと考えたが止めにした。せっかく頭が空っぽになっているのだから
そのまま寝てしまおう。 さすがにこんな時は冷たいベッドでも恋しく思うらしい。
 僕は居間の電気を消して、寝室のドアを開けた。 その瞬間僕はボー然と立ち尽くした。
君が服を着たまま僕の布団で寝ている。 うつぶせになって、いつも読んでいるペーパーバック
を読みながら寝てしまったらしい。君の顔の横に表紙のとれた本が置かれている。
 僕はどきどきしながら、枕もとに座った。 すると君はうっすら目をあけて
 「おかえり・・・寝ちゃったね・・・」といって起き上がろうとした。
 「靴が無いから、きてないとおもったよ」
 「何があるかわからないから、靴箱にしまっちゃった。」
君は大きく伸びをして両腕を上に挙げた。 そして挙げた両腕をそのまま僕の首に絡み付けた。
 「・・・この間はごめんなさい。 逢いたかったよ・・・」
 さっきまで空っぽだった僕の頭が君のぬくもりで、一杯になった。
 「・・・僕もスグに連絡すれば良かったんだ。・・・ごめん」
 君は、僕から体を離し少しうつむいていった。
 「この部屋に呼んでくれて、有難う。嬉しかった。」
 そう。僕が信じているのは君を愛している僕と、僕に向かっている君の気持ち。
 「この部屋にきてくれてありがとう。 嬉しいよ。」
 途端に君の顔が笑顔になる。僕もおかしくなって笑う。お互いに信じあっていれば
何も怖がる事は無いのだ。 君がこうして僕に笑いかけてくれてる限り僕も笑顔でいられる。
 そして僕は、笑顔の君の唇に僕の唇を重ねた。あえない時間を取り戻すようにお互いの
ぬくもりを求めあい、確認しあった。 
 月の明るい真夏の夜。星達の祝福を受けて僕達は初めてひとつに溶け合った。

***第10章***

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 

 目覚めると、心が弾んでいるのがわかる。この上ない充実感。
もしかしたら私は世界で一番幸せなのかもしれない。
 朝早く訪れた訪問者にあなたを奪われても、この満ち足りた感触は変わらなかった。
 私たちは夕べ初めて結ばれた。 暖かいベッドで朝がくるまで抱き合って眠った。
何度も何度も求め合い、くちづけた。 恥じらいがちに歓喜の呻きをもらし、それでも
ぬくもりを確かめ合わずにはいれなかった。
 朝がきて、玄関のインターフォンがなるとあなたは急いで着替え仕事に出かけた。
 「このまま今夜もいていいから」
あなたはそういうけど、私にはそれは出来なかった。
あなたのその言葉に一度甘えてしまえば、そのままずるずるとあの部屋に
居座ってしまう。
ただひたすらにあなたの帰りを待ち、カーテンも開けられずくらい部屋で過ごす。
私のもう一つの世界に背を向けながら、罪悪感と絶頂感を繰り返す。
 ・・・・割り切ったはずなのに、まだ罪悪感を感じてるの?
 私の左手の薬指が責める。この指が私を罪悪感にさいなんでる。
私は指輪をはずしていた。 それでもあなたの目にもこれが映っていたのだろう。
 白く残る日焼けの後。 指輪をしていたところだけが白く夏の日差しもうけずに
残っている。 かばんをあけ、カットバンを張ってみた。
 不恰好なビニールの指輪。 私はしばらくソレを眺めてみた。
 心が二つに割れていた。 見事なまでにすっぱりと。
 あなたを誰よりも愛している気持ち、家族として夫を放って置けない気持ち。
 絶頂感と罪悪感が白と黒に分かれて私の中で葛藤している。
 久し振りにかんじた、甘く切ないながらも心躍る生活。
 これまで感じてきた、平穏で静かながらも安定した暮らし。
欲張りな私はどっちも手に入れたがっている。 心がぐらぐらと揺れている。 
でも・・・・目先の誘惑は耐えがたい。
 あなたが脱ぎ捨てたTシャツを手に取り、ぎゅっとチカラをこめて抱きしめた。
夕べ感じたあなたのかすかな匂いがする。 幸せに身を任せた甘美な匂い。
 あぁ・・・私は負けてしまう。 あなたが好きで愛してやまない・・・。
 結局私はあなたから離れられない。 あなたの傍であなたを感じていたい。
 私はTシャツを洗濯機に入れて、たまっていたほかの洗濯物と一緒に洗った。
 洗濯機が止まるまでに、涙も止めよう。 この葛藤も洗い流してしまおう。
 私はその日、洗濯物をバスルームに干して、あなたの部屋を後にした。

 その夜も、次の日も、いつもあなたは仕事の合間を見ては電話を入れてくれた。
あえない日は、あなたは声を届けてくれる。
 『今日撮ったTV結構トークが盛り上がったんだ。 今夜放送するから見てごらん。』
・・・でもね。 私あなたが出演するTVを見ることが出来ない。
何でだろう。 また違う罪悪感が私に襲い掛かってくるの。
 大きな声であなたに愛されてますっていえたらどんなに楽だろう。
 大きな声であなたを愛してますっていえたらどんなに幸せだろう。
そんな風に思ってしまう。 やっぱり私は欲張りでわがままだ。
 そんな自分がだんだん嫌になってくる。こんな私は嫌い。
 私は立ち上がって、急いで服を着る。 そしてかばんの中にあなたの部屋の
合鍵があることを確認して、まっすぐあなたの部屋へ行く。
 目立たないよう、裏口からこっそりマンションに入っていく。
早くあなたに会わないと、心が粉々に砕けてしまう。
 今日は初めて食事を作って待っていた。 でも、電話で聞いた帰宅の予定の時間を
過ぎてもあなたは帰らない。 ソレにももうスグ慣れてしまいそう。
 冷えてしまった食事。 眠くなった頃息を切らせて玄関を開けるあなた。
 「ごめん。 収録がながびいちゃって。いつも待たせてばかりだね」
赤く紅潮したあなたの笑顔。 その顔を見られたら・・・もう何もいらなくなる。
 その瞬間、私は別の世界へ飛び立っていくのだ。
 「今日は、どんな御仕事したの?」
 「ラジオのスペシャル番組なんだ。ソレより、食事してもいいかな?!」
 今日のあなたはいつもより、うきうきしているように見える。
 「まってて、今あっためるから。その間にシャワー浴びちゃったら?」
 あなたは私があなたを思いながらまとめた着替えをもって、シャワーを浴びにいった。
 ・・・・あぁ、やっぱり私は幸せなのだ。 あなたと言う愛する人がいる。
 すぐ傍で笑いかけてくれてる。
 「今日ははやいね!」
 タオルで頭を強めに拭きながらあなたはいつもより早めにバスルームから出てきた。
 「うん、出かけるから。」
 「え? 出かけるの?」
 そんなことは初めて。 またスグ仕事がはいっているのだろうか?
 「明日の仕事が急にキャンセルになったんだ。だから、ちょっとドライブでもどう?」
 !!! 初めての外出だった。 あなたと外でデートするなんてもうあきらめていた。
でも、こんなに急に実現するなんて・・・・。
 「あれ? なに泣いてるんだよ・・・」
 思わず涙ぐんでしまった私をあなたは優しく抱きしめてくれた。
 「たまには二人で外の空気を吸いに行こう」
 私はただうなづくしか出来なかった。 あなたの傍で、明るい夏の日差しを浴びられる。
それだけで、幸せだった。 今私はあなたの愛を真夏の太陽よりも熱く感じてる。
 「あなたの生まれたところを見てみたい」
なんとなくいった言葉だった。 そこにいけば私の知らないあなたに出会えるかも。
 あなたが長い時間、夢を追いかけた場所をみてみたい。
ただ、そう思っていった。
 「ちょっと時間がかかるけど、スグ帰ってくれば大丈夫か」
あなたは早々に食事を済ませ、台所に向かった。 そして二人で食器を洗った。
 小さな幸せ。 不慣れな手つきであなたが洗った食器を私が拭く。
 微笑みかけるあなた。 そして不意の軽いくちづけ。・・・この幸せがいつまでも続く事を
ただひたすら祈るだけだった。 果てしなく続くように・・・・

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 

***第11章***


 少し上向き加減の高速道路を、昇ってきた朝日に向かって走っていた。
 君はカーステのボリュームをしぼって、鮮やかなグラデーションを描く朝もやを
指差して「・・・綺麗」と一言呟いた。薄紫に煙る空に薄いオレンジに染まった雲。
地平線に向かってオレンジ色はだんだんと色合いを強め、さらに下からまばゆいばかりの
太陽の白い光線の束・・・・。
 「きて良かったね・・・」
 君は僕に向き直って微笑みながらいった。
 「まだ目的地についてないよ」
 僕は君の頭に軽く手をおいていとおしむようになでた。
 僕が生まれ育ったふるさとまであと一時間ほどで到着する。 君に見せたい風景があった。
オーデションに落ちた時などはよくそこでいつまでも時間をつぶした。
 誰も来ないのをいい事に、感傷に浸って歌い続けた場所。
そこがあるから今の僕がこうしている。 デビュー後は忙しくて中々いけなかったが
まさか愛する人と再び訪れることができるなんて思ってもいなかった。
 高速を降りると、見慣れた町の日常が僕を暖かく迎えてくれた。
早朝と言う事もあってか、人通りはあまりなくスムーズに目的地に着くことができた。
 車を降りた君は、目の前に広がる風景にただ絶句しているだけだった。
 「・・・・すごい! こんなに青い海見たことない!!」
 切り立ったがけの上にあるパーキングに車をとめると、目の前は果てしなく広がる
真っ青な海。
 「砂浜はもっと遠くにあるから、あまり人が来ないんだ。 僕の秘密の場所に行こう」
この景色を見た途端、僕はすっかり童心に返ってしまった。君の手をとり、遊歩道として
整備されながらも観光客に恵まれず、足首くらいまで伸びた雑草たちが生い茂る小道を
急いで降りる。 心はもうあの小さな砂浜へと飛んでいっていた。
 がけを降りた頃には、すでに空は青さを取り戻し夏の日差しが水面を照りつけていた。
 「ここ・・・洞窟?」
 「うん。 昔ここをねぐらにしてた」
 「うそでしょう?!」
そういうと君はころころ笑って、洞窟の奥に進んだ。
 そこは、5メートル四方の荒い砂浜にぽっかりと口をあけた大きな洞窟だった。
高さは3メートルといったところだろうか。しかし高さの割には横幅が1.5メートルほど
しかなく、観光地と呼ぶにはまったく持って物足りない代物だった。
 天候が悪い日等は、洞窟の半分が海中へ姿を消してしまう。今日が晴れで本当によかった。
 「あんまり奥に行くと、危ないよ」
 奥に進むにつれて、海が運んできた漂着物やたまに来てはいかがわしいものを捨てていく
若い奴らのせいで、5〜6メートルほど進むと異様な匂いと目を覆いたくなるような
ごみの山に突き当たる。
 君は入り口付近に腰を下ろすと、僕も隣に座るようにとうながした。
 僕は君の隣に腰をおろすと、君の腰に手をまわしいつのまにかここでよく歌った
懐かしい曲を静かに口ずさんでいた。
 高校生の時に作ったまったくのオリジナル曲だった。 デビュー後もスタッフに
聴いてもらったりしたのだが、たいした出来ではないらしい。
 それでも僕はここに来るといつもこの曲を口ずさんでいた。
 「もっと何か唄って・・・」
 その曲が終わると君は僕に頭を持たれて、甘えるようにいった。
そして僕は、あの日あのイベントで唄っていたバラードを歌った。
初めて君と会ったせいでさらに思い入れが強くなった思い出の曲。
 「・・・この唄・・・悲しい唄だね」
君はそっと呟いて、目を伏せた。
 「今度は、君のために幸せな詞をかくよ。そのときはまたここにきて
  真っ先に君に聞かせてあげる」
 君は小声で「・・・うん」といって僕にもたれたまま静かに寝息をたてた。
久し振りに何時間も運転したせいか今ごろ仕事の疲れが出てきた。
 僕らは洞窟に寄りかかりしばらく眠ってしまった。
規則的に打ち寄せる波の音が、遠ざかっては近づき僕の意識は引き潮のように
波とともにはるかかなたへと旅立ってしまった。
 どれくらい眠ってしまったのだろうか、気がついたときには満潮になりかかり、
海水が僕らの足元まで触手を伸ばしてきた。ひんやりした水の冷たさに一瞬で
目がさめた。 僕は急いで君を揺り起こし、再び手をつないで小道を駆け上がった。
 寝起きで駆け上がったせいか、パーキングについた僕らは息も絶え絶えに
お互い笑うしかなかった。 
 「危なかったね!!」
 「あのまま寝てたら、死んじゃうところだった!」
 命の危険にさらされたというのに、僕らはおかしくて仕方なかった。
 足元に水を滴らせ、大きな声で笑いあっている僕らを人が見たらきっと頭がおかしく
なってるんだと思われただろう。 そんなことにはお構いなく僕らは二人の時間を
満喫していた。こうやって笑いあえる喜び。 太陽の下で好きな人と手を取り合って
歩ける喜び、広い空間で君を見つめる喜び。 すべての喜びが全身に幸福感を
もたらした。君に出会えて本当に良かった。 今心からそういえる。
 「・・・・もう帰らなくちゃね」
 君がまっすぐ水平線を見詰めて言った。 まるでこの光景を一生忘れないように
瞳のずっと奥に焼き付けるかのようなまっすぐな視線だった。
 「私ね、今・・・幸せだよ」
 君は僕に向き直り、そういった。
僕は君に近寄り、いつもより長いくちづけをした。 まるで時間が止まったかのような
錯覚に陥りそうなほど長くくちずけた。
 そう。このまま時間も景色も止まってしまってもよかった。
このまま永遠という時の流れを君と過ごしていけるならば、時計を止めてこのままこうして
ずっとくちずけていたかった。


***第12章***

それでも、動かしようのない期限は直ぐ目の前に迫ってきていた。
走り出した僕らの列車に追いつこうと、必死に汽笛を鳴らし僕らを脅かした。
 僕は今都内のレコーディングスタジオにいる。 秋に発売するアルバムのレコーディング
がはじまった。 この一週間スタジオにこもりきりで君ともロクに会っていない。
実際僕の頭の中は曲のことで一杯だった。寝てもさめても、唄を歌うことに頭を
フル回転させていた。 だが、胸に覚えのあるような歌詞を歌うときはやはり
君を思い出した。 君に逢いたい。あって抱きしめたい。疲れた体をすべて預けたい。
 でも今の僕は君に電話をかけることすら許されていない。
 君も、僕に電話をかけることが出来ない。 君の人の突然の帰国。
ついこの間捕まえたと思った蝶は直ぐに僕の手のひらからとびだってしまった。
 連絡できない旨を伝える君からの電話の声は、やっとひまを見つけてかけてきたのであろう、
妙な罪悪感に震える声だった。 君は僕に対しても、彼に対してもまだ罪悪感を感じていた。
僕はその”罪悪感”が許せなかった。 きっと罪悪感が消えた時・・・君はすべてを
すてて僕の元にきてくれるかも知れない・・・。そんないちるの望みを心のどこかに
もっていた。でも、また・・・心のどかかで自信がなかった。
 今、君を幸せにできるかと聞かれれば・・・僕は返事を濁すだろう。
 彼のように、誰もが望む平穏な安定した幸せを彼女に与えられるかと聞かれれば・・・。
 僕は言葉をなくすだろう。 そしてそんな僕に君はきっと失望するだろう。
それでも・・・今君を求める気持ちに嘘はつけなかった。わがままなのかもしれない。
僕のわがままに君をつき合わせているのかも知れない。 そう思うと今度は僕が
罪悪感を感じてくる。
 僕は携帯のフラップを開き明るくともった液晶の画面を見た。
この前君と海に行ったときに、君のモバイルカメラ付き携帯で撮ったものを僕の
携帯に転送したもの。 幸せそうな2人の時間。満面の笑み。今は君も僕のように
曇った顔をしているだろうか?
 夕べ、夢を見た。 僕は岸辺にたって大声で君を呼んでいる。
 君は岸からずっと離れた波間の揺れるボートに棒立ちになってうつむいている。
その向こうには、霧に煙った陸が見える。 そこで微笑んで君に手を振る人がいる。
 僕は声がかれるほど君の名前を叫んでいるのに、君はうつむいたまま、戸惑っている。
 そのとき気づくのだ。 僕の声が聞こえてこない・・・。 確かに喉をからして
大きな口をあけて叫んでいるのに、僕の耳に声が聞こえてこない・・・。
僕の声は言ったいどこへ消えてしまったのだろうか? なぜ、心からの叫びが君に
届かないのだろうか?
 苦悩の果てに目がさめる。そして、今朝目がさめると君からのメールが届いていた。
彼が帰国の疲れから部屋で倒れて入院したとのことだった。 そして最後に
彼の滞在が延びてしまったので、いつ連絡できるか分からないと・・・。
 その後は覚えていない。時間を見つけて連絡するだの、本当は逢いたいなどいろいろ
書いてあったような気がする。”そんな体の弱い奴、別れちゃえよ!”。
そう頭の中ではいっているのに、僕はおざなりに”僕もレコーディングで忙しくなったから”
と返信していた。
 案の定、今日のレコーディングはうまくいかずにスタッフやパートナーに平謝りする
始末だった。
 なぜだか、このまま君とはもう会えない・・・そんな気がしてきた。
君の事を愛する自分と、この関係をわずらわしく思う自分・・・。
僕の心が分裂をはじめたのだった。

 何日がたっただろうか。 レコーディングも中盤を迎えた日の夜。
疲れた体を引きずって部屋のドアをあけると、一枚の紙切れが足元に舞い降りた。
見覚えのある、右下がりの癖字。 君からのものだった。
 ”彼が帰りました。 会いたくなって急いできました。
  少し部屋で待ってたんだけど、なんだか会いづらくなってきたので
  帰ります。 わがままいってごめんなさい。
  それと・・・・私の渡航が少し早まりました。 ここでも倒れたので
  私が早く行って、世話をしたほうがいいということになりました。
  また、連絡します。  仕事、がんばってね。”
 僕は、急いで靴を脱いで、君に電話をかけた。君は直ぐに受話器をとった。
 「あ・・・手紙、見た」
 君のバックから車の音が聞こえてくる。
 『今、部屋にいる?』
 風に吹かれて、雑音混じりに君が僕に問い掛けた。
 「今帰ってきた。」
 『・・・帰ろうと思ったのに。 近くにいるの。いってもいい?』
 「うん。 まってる」
 そして、5分ほどして君が息を切らせてドアをあけた。
 僕達は直ぐに抱き合った。お互い強く抱きしめあって、唇を求め合った。
 ・・・もうあえないと思ったのは、錯覚だった。
 でも抱きしめあいながらも、終着駅がもう直ぐそこまで来ている予感はぬぐえなかった。
 こんなに愛し、近くにいながら心を寄り添わせているのに・・・魂はどこか
遠くへいっているような・・・。 そんな風に別れを安易に受け止めている自分が
恨めしかった。否定しようにも否定しきれない悲しい自信。
 僕らの列車は、今終着駅へと向かって走りだしてしまった。
 レールは軌道修正される作業をはじめ、信号は赤い光を煌々とともしていた。
 僕らはきつく抱きしめあいながら、その赤い光を恐れつつ見つめているだけしか
出来なかった。


***第13章***


僕の心の葛藤を君は敏感に感じ取っていたようだった。
そして、そんな君の心の葛藤も僕は手にとるように、感じていた。
 光をさえぎられたレコーディング室をでて、トボトボと階段を一つ一つ上へ上へと昇る。
エレベーターがあるのだが、なんとなく人に会いたくなくて、一人になりたくて、
薄暗い階段をごく自然に選んでゆっくり昇っていった。
 この前のラジオ局ではは強風のために鍵のかかっていた屋上へのドアは、ここでは鍵がはずされ
屋上の一部が開放されていた。取っ手を握って勢いよくドアをあけると、さわやかとは言いがたい風が
全身にまとわりついてくる。 ・・・・まだ夏なのだ。
 エアコンが充分すぎるほど効いたビルを一歩出ると、瞬く間に汗が噴き出してくる。
 「あ・・・っちぃ・・・」
 独り言。 この空に近い開かれたスペースには人っ子一人いない。
 僕は手すりに近寄り、眼下を見下ろした。 
無機質なビル群。忙しそうに行き交う人々。先を争う車たちが排気ガスを吐き出していらだたしげに
ノロノロと進んでいる。 そんな風景を見ていると、余計暑くなってくる。
 僕は着ていたTシャツを脱いで上半身裸になった。 見下ろす街路樹は青々としてその葉を
揺らしている。葉の一つ一つにこびりついた廃塵を懸命に振り落とすかのように、その身を揺らし
もだえている。 この葉が色を変え成熟し、生命の終わりを迎える準備をする頃、君と僕は
離れ離れに背を向けてそれぞれの道を歩き出していくのだろう。
 そしてソレは、日一日、刻一刻と近づいてくる。
 今は若々しく青い葉が色あせていくように、僕たちの思いも色あせていくのだろうか?
 それとも・・・・色づいていくのだろうか?
 ・・・・・色づくか。少し前ならそんな期待ももっていた。だからといって色あせる気配もない。
君へのこの想い、僕への君の想いはきっと色あせる事も、色づいていく事もなくこの先もずっと
続いていくのだろう。 ただ・・・・愛しいという想いは過去形に変換され、静かにその熱を
失っていくだけ・・・・。
 互いに、それぞれの場所へ帰るためにそれぞれの道を歩き出したとしても、愛した記憶は
忘れられずにこの心の中に存在していくのだろう。
 僕は日常の風景に背を向けて、再び唄うために屋上を後にした。今度はドアをゆっくりと
静かに閉めた。
 その夜、疲れた体を引きずってマンションの前でマネージャーの運転する車を降りようと
した。 一刻も早く部屋に戻って、残された君との時間を満喫したかった。
 「あの・・・さ、ちょっと話があるんだけど、いいかな?」
 屈強で大声と有名なマネージャーにしては珍しく、小声でモジモジとしてる。
 「ここじゃ、だめなの?」
部屋には君がいる。 一週間ぶりに会えるのを楽しみにしていた。
 「うん・・・。人目もあるし。」
 そういってマネージャーは僕がOKと言わないうちに、車を路肩に止めキーを抜いた。
 嫌な予感がする。君に会える日にこんな事になるなんて。
 「わかった。ただちょっと散らかってるんだ。先にいってかたずけるからゆっくりきて」
 僕は、そういい終わらないうちに猛ダッシュで部屋へ向かった。ドアを開け、君の靴が
しまわれているのを確認する。 
 「お帰り・・・」
 僕の慌てぶりを不思議そうに見つめる君。部屋は勿論、片付いている。
 「ごめん、マネージャーが話があるって言うんだ。 寝室にチョットの間隠れててくれないか」
 「え・・・・私帰るよ・・・」
 「もう、そこまで来てるんだ。 帰ったら君とゆっくりできるから・・・」
 僕は君のかばんを持ってベッドの上に置いた。君は動揺に顔を曇らせながら、床に座り込んだ。
 いざとなったら、君の事を紹介すればいい。 別にやましい事はない。ただ・・・・・・
君が僕と出会う前に、別の人間と永遠の契りを結んでいただけなのだ。
 少し君を見つめてドアを閉めようとする。 とっさに君に走りより軽くくち付けた。
 その瞬間、インターフォンがなった。

 「片付いてるじゃないか。綺麗にしてるよ、うん。」
 マネージャーは、TVの向かいのソファに腰を下ろして部屋を見渡した。
 「今朝の下着とかが、散らかってたんだ。今、洗濯機に突っ込んだよ。」
 そういって、僕はマネージャーの向かいに腰を下ろした。お茶などと気を利かせるきは毛頭なかった。
一秒でも早く帰ってほしい。明日の朝も早い。
 「明日も早いし、時間も無いから単刀直入に聞くけど。 今、付き合ってる人がいるよね?」
 ホント、単刀直入だ。あんたらしい。
 「女の子と付き合っちゃいけないとは聞いてないから。」
 僕の目線は何処にいってるだろうか? 自分でも何処を見たらいいのかわからなかった。
 「うん。それならいいんだ。ただ、どんな人なの?知っておきたいんだ。」
 マネージャーは胸の前で、両手を絡ませて少し深刻な顔つきをしている。
僕は黙ってしまった。 ”どんな人”だって? とっさに言われて何と言えばいいんだ?!
 「レコーディングの調子を見てると・・・・なんだか心配になってきたんだ。相棒に聞いても
  女性関係なんて聞いたこと無いの一点張りだし。」
 当たり前だ。 パートナーには何も言ってない。
 「なんか、レコーディングで悪かったところありました?」
 今度はマネージャーの目を見ていった。
 「歌声を聴いてると、解るんだ。今日は会う日だなとかあえない日だなとか。悩んでるな・・・とかね」
 「・・・・・・そんなことまで、解るんだ。」
 いつのまにか、怒りを含んできた僕の声。 感情が声に出やすいなんて考えたことも無かった。
この業界では、マネージャーの方が何年も先輩だ。僕の前に何人ものアーティストを世に送り出している。
敏腕で有名でスタッフからは「売れるよ。幸せものだよ」などとよく言われた。
 この人に嘘なんて通用しない。 だから僕は否定はしない。
 「どんな人なの? いい恋愛してるの?」
 マネージャーの目は明らかに「良くない恋愛」と決め付けた目だった。
 「いい恋愛って、どんな恋愛ですか? 僕は彼女が好きだし、彼女も僕を愛してくれてます。」
 「いい恋愛って言うのはね、君にとって存在している事が幸せ。タダ存在しているだけで、
  幸せになれるものだよ。 君のように、仕事に影響するようなほどではいい恋愛とは言いがたい」
 マネージャーは、うつむいて一つため息をついてからまた僕を見た。
 仕方が無いんだ。マネージャーは君がどんなに素晴らしい女性か知らないからそういえるんだ。
 マネージャーの言っている事は・・・・
 「奇麗事だ。 恋愛には波があるでしょう?! 仕事に影響したのは反省します。ただ、僕は
  彼女を愛しているんです。 これからも、ずっと彼女は僕の心の中に存在し続けます。」
 「別れろ言っているんじゃないんだ。 君にとってそれほど大切だと思う人なら、ソレでいいんだ。
  ただ・・・仕事に影響はさせないで欲しい。突然レコーディング室から消えたり、心配させないで欲しい。」
 僕は黙って立ち上がった。
 「・・・今、あわせます。きてますから。」
 僕は寝室のドアを開けた。 窓から入る薄暗い明かりのほかに何もない闇に包まれた部屋に
君はいた。 声を押し殺すために、ベッドの布団に顔を押し当てて、肩を震わせて泣いていた。
 「きこえてたの?」
 君は黙ったまま、うなづいた。
 「一緒に行こう。マネージャーに会わせたいんだ。君に会えばマネージャーだって・・・」
 君の腕をとって立ち上がろうとしたが、君はうつむいたまま大きく首を振り続けた。
 「・・・・ごめん」
 僕はきつく君を抱きしめて、一人で部屋をでた。
 「すみません・・・・帰ってもらえますか?」 
 これ以上、君に辛い思いはさせたくない。涙を流しながら大きくかぶりを振る君の姿がいつまでも
目に焼きついている。
 「うん。僕の言いたい事は全部言ったから。明日からラストスパートがんばってくれ。」
 「・・・・・はい。」
 この場に”彼女”がいることを知っても、その”彼女”に会う事を拒まれても顔色一つ変えない
マネージャー。きっとこれ以上の修羅場を見てきたのかもしれない。まゆひとつ動かさずに
この部屋を立ち去っていった。
 僕は再び寝室のドアを開け、君をきつく抱きしめた。何も言葉が出なかった。
 僕達に残されている時間はあと少ししか無いのに、神様は冷酷に背徳の罰を下した。
 君は悲しみに全身を震わせて、嗚咽するだけだった。 二人きりしかいないこの部屋でも
君は大きな声をあげて泣こうとしなかった。
この先何度、君はこんな風に泣くのだろう。この恋が終わってお互い違う空を見つめ、違う昼と夜を
すごすようになった後も、君はこんな風に泣くのだろうか? 不確かに漂うだけだった思い出を
小さく抱きしめ、忘れられるはずもなくいびつにゆがんだ夜をこの先何度迎えればいいのだろうか?
 そして、僕はまた孤独な夜明けを冷たいベッドで迎えるのだろう。二人が愛し合った記憶は
僕を幸せにするだろうか?それとも・・・・・・・・。

***第14章***


◆ ◆  ◆ ◆  ◆ ◆  ◆ ◆  ◆ ◆  ◆ ◆  ◆ ◆  ◆ ◆  ◆ ◆  ◆ ◆

 そう・・・これで良かったのかもしれない。私とあなたをつないできた夏の暑さも
神にそむいて抱き合ってきたぬくもりも・・・すべて幻にするときが来たのかも知れない。
 悲しみは雪のように静かに降り積もっていくけど、その雪を二人で見ることは無いのね・・・。
 あれから何日が過ぎたろう? カレンダーは・・・捨ててしまった。今の私には必要のないもの。
 あの夜、私は確かに感じた「あなたに愛されている」事を。 でもソレは・・・許されていないと
いうことも。あなたを責めるあの人の言葉。激高しそうな言葉を必死に押さえ込むあなた。そして悲しみに
くれる私。 私はその緊張した関係の中にあなたに愛されている幸せをかみ締めていた。
 私は卑怯だった。 闘っているあなたを犠牲に幸せを感じるような女だった。幸せと悲しみと情けなさ
の狭間で私の心は行き場を失っていた。 できることならあなたの腕の中にこのまま解けていってしまいたい。
こんな状況になっても私はまだこんな事を考えている。でも・・・冷たい秋の気配はこんな夜更けになると
よりいっそう、腕に足に首筋に、心に入り込んでくる。
 ・・・不思議なの。一人になると何も考えられなくなる。気が付くと身の回りの整理にいそしんでる。
 私は手帳に挟んであった渡航チケットを眺めた。私の夫から一方的に送られてきた片道のチケット。
このチケットを手に私はあと2週間もすれば、熱い夏をすごしたこの街を暮れゆく空から眺めているのだ。
 私は一人逃げていくのだ。あなたに愛されたまま、あなたを愛したままその気持ちだけ残して
あなたを置いてにげて行くのだ。 私には、あなたに留まる勇気は無かった・・・。

◆ ◆  ◆ ◆  ◆ ◆  ◆ ◆  ◆ ◆  ◆ ◆  ◆ ◆  ◆ ◆  ◆ ◆  ◆ ◆

 君が連絡を絶ってから数週間が過ぎようとしていた。何の変哲もなくただ歌うだけの日々。
その日々が混乱に陥りそう僕を救ってくれた。広いスタジオの中を何人ものスタッフが
入れ替わり立ち代り出入りする。 僕らをサポートしようという目は真剣そのものだ。
 僕は声の限りに曲に魂を吹き込む。
 変な話レコーディングに集中していられるのは君のおかげかもしれない。
 あの日の朝、レコーディングが終わるまで連絡をしないとメモをを残し
君は家路についた。
 レコーディング終了までの数週間は、再会までのカウントダウンでもあり、
別れの日へ近づくカウントダウンでもあった。
 レコーディングの終了・再会・別れ・・・この3つの同時に刻まれる時が
今絶妙にリンクされ、僕は感情をこめて歌っているとスリリングな快感さえ感じた。
 一曲一曲に感情を持たせて、僕とパートナーが表現する。詞の一節一節に心を震わせて
、声を震わせた。
 あの日半ば取り乱した僕を君の静かに流れる涙が冷静にさせてくれた。
 君は姿を消してしまったが、今こうして完成されたアルバムを聴くと、僕の中で
長いこと暖め続けてきた夢への一つの達成感で一杯になった。 そう。これは一つの
達成に過ぎない。僕の夢はこれで終わりではないのだから。
 この先まだ沢山の目標を達成しなくてはならない。 そして僕は今日感じた達成感を
この先何度も味わいたいと思った。 この鳥肌の立つほどの感動を。
 そして・・・素直になれた・ 僕はすべての作業が終了するとマネージャーに
頭を下げた。そして告げた。別れが近い事を。
 マネージャーは何も言わずにただ、肩を軽く叩くだけだった。
 すると嘘のように、心が軽くなった。まるで今まで両肩に乗ってた不安な気持ちが
マネージャーの手で払いのけられたように感じた。
 ・・・いつの頃からだろう。こんなに安易に別れを受け容れるようになったのは。
 僕は以前スタジオの屋上で感じた気持ちを思い返していた。
 以前、君に対して持っていた一縷の望みも、君をさらいたいという願望も
今では遠い空の彼方にちらほらと見える程度だ。
 突然、マネージャーが振り返って言った。
 「今日は屋上が涼しくて気持ちいいぞ」 
 マネージャーは後ろ手に手を振って廊下の角を曲がっていった。
そうしよう。屋上の涼しい風でこの体に秋を感じてみよう。今まで恐れていた
秋を受け止めてみよう。
 今度はエレベーターに乗り込み、一番上のRのボタンを押した。ゆっくりと
扉が閉まり、静かな電子音を響かせて僕を乗せた小さな箱は空に向かって上昇をはじめた。
 屋上への扉の取っ手を握ってみる。この扉を開ければ外は秋の緩やかな風が
僕を迎えてくれるだろう。 そしてソレは気持ち冷たく僕の頬をなで、耳をくすぐるのだろう。
 ゆっくりと慎重に扉を開く。 隙間から秋の昼間の日差しが差し込んで薄暗い踊り場を
照らした。 風の音。真正面に広がる空。季節感の無いビル郡。
 扉を完全に開けて外に出ると、ソレはいつもと変わらない風景だった。
それでも季節を感じるには十分なほど、涼やかな風が吹いて来る。
 僕はジーンズのポケットに両手を突っ込み、柵に近づいていった。
 君とはあと何度会えるだろう。少なくとも一度は会うだろう。
リンクしていた3つのトライアングルの一角が消えた。 後は再会と別れが
一直線に結ばれているだけだ。 いや・・・もしかしたらソレは一つの点なのかもしれない。
 再会した日が最後なのかもしれない。 その日僕らは互いにどちらから別れを切り出すか
心の中で考えているのだろうか。
 おかしなことに君の左手の薬指のカット判を思い出した。互いに重なり合い、手を絡めあった時
カット判の感触はあったものの、指輪をしている感触は感じなかった。
 僕の思い過ごしだろうか? それでも僕はずっと考えていた。 ごっこでもいい、君の指に
僕からの指輪をはめてみたいと。君を辛くさせるだけ無責任な愛情の押し付けかもしれない。
でも・・・このまま熱を失っていくだけの思いをなにか形で残したい。 他の人のもとへと行く
君とはもう二度と会えないと思うとなおさらだった。 
 君は僕のこの無責任な愛情をどう受け取るだろうか? 
 眼下を見下ろせば、あんなに青々としていた樹々は色あせたベージュ色に変わり、
生命の終わりに何の抵抗もなく地面に舞い降りていく。
 そして、アスファルトの一角に吹き溜まり互いに最後の瞬間まで暖めあっている。
 僕には僕の時間が流れ、君には君の時間が流れる。
 そしてそれらが重なり合うチャンスはもう後わずかなのだ。
 一つの枝に身を寄せていた葉は別々に舞い降りるのだ。 
 そう・・・・それでいいのかもしれない。 
 僕は携帯電話を取り出し、君へ電話をかけた。久しぶりに聞く君の声。
 雑音混じりに感情など読み取る事もできない。
 僕は次のオフの日を告げた。アルバムが完成してもキャンペーン等が入っているため
 オフをもらえるのは、10日ほど先だった。
 しばらくの沈黙の後、君は確かにこういった。
 『・・・多分、その日が最後になると思う。次の日は成田だから・・・』
 そして僕も言葉を飲み込んでしまった。なんといえばいいのだろう?!
 その日がこんなに早くくるなんて・・・。
 『ご免ね。もっと早く知らせれば良かったんだけど・・・。やっと心の
  整理がついたの。 だから・・・その前に会おうなんて言わないで・・・』
 僕は、「うん、わかった。時間はまた連絡する」と告げて電話をきった。
 急に吹きすさぶ風が冷たく感じて、僕は屋上を後にした。
別れの日が現実となってこの一歩一歩がその日に向かって歩き出したのだ。

***最終章***

***************************************************************************

この雨ももう直ぐやむのかも知れない。 目に映る遠い空では雲がきれ、
あいまあいまにうっすらと星空が顔を出している。 そこに差し込まれる
淡いネオンの光の束が雨にそぼぬれた雲を弱々しく照らしている。
 僕は先ほど投げ出した傘を手に取り、無数に付いた雫をばさばさと払った。
 休前日だというのに、人気の無い静かな公園の一角。草花は時折吹く風に
静かに震える。 心なしか笑っているようにも見える。
 きっと君の時間と僕の時間がリンクする最後の瞬間まで見届けてくれるのだろう。
 大分ぬれてしまった君からの手紙を僕はジーンズのポケットにしまった。
 そして背筋をただし、まっすぐ前を見詰める。僕の目には今君が映っている。
 季節外れのチューリップのような淡い黄色の傘を差して君は照れくさそうに、
ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
 僕はぎこちなく片手を挙げ、ぎこちなく笑顔になる。
 「雨、やみそうだね。」
 君は、僕の前に立つと片手に持った傘のスペースを半分僕にさしかけてくれた。
 僕が左手に持っている閉じたままの汚れた傘にについては何も言わない。
 今は、そんな君の優しさが痛い。
 「時間、大丈夫?」
 君は、いつもの瞳で僕に問い掛けるが僕は黙って頷くしか出来なかった。
 そんな瞳をされたら・・・半日頭の中を回り続けた最後の台詞も思わず
飲み込んでしまいそうになる・・・それでも、僕の中で暖められた切ない言葉達は
君に投げかけられるのをまっている。昨日まであんなに愛し合っていた二人が今は、
別れるためだけにこうして逢っていることになんの疑問も抱かずに、静かに降り注ぐ
雨の中ただ立っている。 愛し合ったまま別れる僕達を遠くの星たちが見守っている。
 「レコーディング、お疲れ様。 多分発売日には日本にいないから、聞く事は出来ない
  と思うけど・・・。」
 「・・・・逃げよう・・・ココから」
 とっさにでた言葉だった。考えていたのとは全く正反対の君の瞳がいわせた、
僕の最後の悪あがきだったのかも知れない。君は覚悟していたように瞳を閉じて
一粒の涙を流した。 そして、きつく唇を噛んでうつむいたまま肩を震わせた。
今の今まで愛し合っていた、いや、愛し合っている 
僕達はなぜ別れるのだろう? 僕はこんなに君を愛してる・・・。
 僕は、君の震える両肩を強くつかんだ。 離すつもりはない・・・・離したくない・・・・。
「・・・・君と離れたくな―――」
 僕の言葉は君にさえぎられた。 うつむいたまま、両手のひらを僕の唇にあてて
僕に言葉を飲み込ませた。 そして、あの日のようにうつむいたまま、涙をながし、嗚咽した。
 黄色い傘はゆっくりと宙を舞い、静かに地面におりる。
 いつのまにか雨はやみ、雲間からやけにぼやけた月が顔を覗かせていた。
 その月に照らし出された君の涙は、弱い風に躍る雨の残骸の雫よりもキラキラと輝いている。
 「お願い・・・・やっと決めたの・・・・。私が悪いの、私に勇気が無かったから
  あなたを悲しませるようなことになったの・・・」
 やっとの事で、君は震える声を絞り出した。
 君だけじゃない、僕にもすべてを捨てる・・・すべてを裏切る勇気は無かった。
 あのひ、大きな会場のほんの小さな出会いで、どうしてこんなに愛してしまったんだろう。
 お互いが、お互いを悲しませるために出会ったのだろうか?
 出合った時から解ってたことなのに、どうして二人はココまできたんだろう。
 「ゴメン・・・君が悪いんじゃない。誰も悪くない。こうなる事は仕方の無い事なんだ。
  僕もちゃんとわかってたつもりだったのに。 悲しませるような事をしたのは僕だ・・・。」
 僕は君の肩から手を離し、君が僕の口にあてた手のひらをゆっくり解いた。
 「・・・それでも、君を愛さずにはいられなかった。傷つく事は解っててもここまで
  こずにはいられなかった。これから先、愛し合った二人の記憶が、君を責めるかも
  しれない。でも、その痛みは僕も分かち合ってるんだ。君と離れた街で、君を愛した
  事を思いだして途方に暮れるかもしれない。」
 君は、涙を流しうつむいたまま僕の話に時折頷いた。
 僕は一体何をいっているのだろう。 考えていた台詞はちっとも出てこない。
 君を見て、君と触れ合っている今だからこそいえる言葉が自然と口をついてあふれてくる。
 「それでも、その思いは君に繋がってる。君と分かち合ってるからこそ、乗り越えていけるんだ。
  だからこそ、君と愛し合ったことを決して忘れないでいられる。今のこの想いはずっとあり続けることは
  難しいかもしれない。でも熱を失っても、君を愛した記憶はこの胸に残しておきたいんだ。」
 君は、やっとの事で顔をあげた。 今度は自分の口を両手で包み、嗚咽する喉を必死に押さえていた。
 僕は、この瞳が好きだった。この瞳に恋に落ちてしまった。すべてのはじまりは、
この潤んだ君の瞳からだった。この瞳を一生忘れたくない。たとえ一人に苦しんだとしても
他の誰かを愛したとしても、今はこの瞳を一生僕の記憶の中に刻み付けておきたいと思った。
 今の僕には、君を愛した記憶は幸せの記憶なのだ。
 真っ赤に燃える情熱に駆られた日もあれば、君を想うあまりすれ違いになってしまう、優しさ。
そのすべては今、「幸せだった頃の思い出」になろうとしている。
 この先、いつかその「幸せだった頃の思い出」がただ懐かしく思える頃には、お互いなんの
わだかまりもなく、会えるかもしれない。・・・誰かの唄にあったっけ?
 『憎んでてもいいから忘れないで・・・。』
 いっそのこと他の人の元に行ってしまう君を憎めればよかったのかもしれない。
そうすればもっと楽に君と別れることができただろう。
 でも、現実はどうやっても君を憎む事などできず、ただ愛しいと想う事しか出来ずにいた。
君を忘れ去る理由が僕には一つも見当たらなかったのだ。勿論、簡単に忘れ去れるような
人を愛したわけじゃないから・・・。
 「今は、ここで別れてしまうけど、君を愛した想いはそのままなくさずにいるから・・・。
  君が、誰かの元へ行っても僕は君を愛した記憶を無くさずにそのまま抱きしめているから・・・。
  愛しあった事実は変わらない。この先何年経っても、君と僕の記憶の中に残るだろう。
  その時、また会えるよ。 だから・・・もう泣かないで。」
 僕は君に少し雨にぬれたハンカチを差し出した。
 「・・・私も、最後に悪あがきしてもいい?」
 鼻をクスンと鳴らしながら、君はかばんの中から何かを取り出した。
 「これ・・・初めて会った時に帰し忘れたハンカチなんだけど。 帰したくないの・・・。
  こんなこと言ったら変かもしれないけど、私にとってはこれが初まりの想い出なの。
  それで・・・・これ、終わりの思い出として、欲しいんだけど・・・」
 涙を流しながら、照れくさそうに君は今僕が差し出したハンカチを手にとった。
 2枚とも似たり寄ったりのモノトーンの無地のハンカチ。君は大事そうに2枚とも
 胸のあたりで強く握り締めていた。君にとって、ソレが想い出の一部なら・・・。
 「うん。汚したりしないって約束できる?」
 「うん、できるよ。私の大切な思い出だもん。絶対に汚したりしないよ・・・。」
 やっと笑顔になった。嬉しそうにいつまでも握り締めている。僕にはソレが嬉しかった。
 「知らない土地で、寂しくなった時にはソレを見て、僕もさびしいんだって思い出してくれれば
  あげた甲斐もあるよ。」
 いつのまにか、僕も笑顔になる。 そして、僕の最後の衝動。
 僕は、君の頬を軽く押さえてキスをした。 今までで一番永い最後のキス。
そして、一番優しいキス。
君は何の抵抗も無く、僕に唇を預けてくれた。時間ギリギリまでずっと、君と僕は抱き合い、
お互いのぬくもりに別れを惜しんだ。
 静寂の時・・・。雑音は何一つ聞こえず、ただお互いの鼓動だけが耳に聞こえてくる。
何よりも心地よいと感じるリズムがいつまでも一つに溶け合っていられるような錯覚に
陥りそうになる・・・。
 でも、それはかん高いクラクションに遮られた。
 僕達はゆっくり唇を離し、少しずつ体を離した。お互いいつまでも背を向けられず、
お互いを見つめながら、後ずさりする・・・。また、君の瞳に涙が流れた・・・。
それでも、現実は僕を強力にその世界へ引きずり込む。そして、僕はまた僕の道を
日々邁進するのだ。
 君は君で、あの日、出会う前の場所へと戻っていく。違う空、違う空気では有るものの、
きっと忘れかけてた平凡で平穏な日々に戻っていくだろう。
 そして、いつしか懐かしい思い出に想いをはせる頃、僕達はまた出会えるのだろうか?
その時に、僕達はまた恋に落ちてしまうのだろうか?それともお互いの変わりように落胆する
だろうか?
 そんな先の事は、今はわからない。
 ただわかっていることといえば、僕は唄い続けなければならないということ。
 この先何年も、君のため、僕のためそして僕を支えてくれる人々のため・・・・。
心を動かし続けなければならない。
 そしていつか、君のために幸せな曲を作ろう。 聴いた誰もが幸せになれるような、
心に残るラブソングを作ろう。
 君は、僕がワゴンに乗り込み発車するまでずっと見つめ続けていてくれた。
 涙を拭いて、笑顔のまま小さく手を振ってくれた。
 
         ☆ ★ ☆ f i n . ★ ☆ ★

番外編〜the way we are

***注意****             
この物語はフィクションです。登場する人物・場所・名称はあくまで
実在するものではありません。 作者の妄想のたまものです。
ご意見ご感想は、BBSまでどうぞ・・・。





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