T h e W a y W e A r e      

                                                                        
目がさめると、初め違和感があった。
高すぎる天井、大きすぎる窓から差し込む陽の光、シャワーの音。
そして、真っ白なシーツ。
 必要以上にノリが効きすぎて、ゴワゴワとした固い感触が
肌を不器用にすべる。
 僕は大きく伸びをして、ベッドの上に大の字になった。
 相変わらず、部屋の奥の方から聞こえるシャワーの音は
心地よい朝のBGMとして、この部屋を暖かく包みこんでいる。
 10分ほど前に目がさめた時、彼女はもう
起きていたらしく、空っぽになった左側が少し冷たくなっていた。
 僕はそのまま左手を伸ばして、どこかに
ぬくもりが残ってないかと探ってみたが硬くなったシーツの
シワが手のひらをくすぐるだけだった。
 僕はここで何をしているんだろう?
 ふと、そんな疑問が頭をかすめた。
 夕べのことはしっかりと覚えている。
この見知らぬ異国の地に1歩を踏み出した時から、
何を食べたか、何をしゃべったか、何を見たか全て記憶している。
 彼女と何処で会ったか、彼女と何処へ行ったか、
彼女とどんな酒を飲んだか。 そして・・・
 確かに抱いた記憶もある。
 だけど、どうしても変な疑問が頭から離れない。
 「ハーイ。 起きてたの?」
 バスローブを着て、ぬれた髪をタオルで拭いながら
 一瞬、彼女の笑顔が君とダブって、心臓が高鳴った。
きっと雫に濡れた長いブルネットの髪が、僕に幻を見せたんだろう。
 それは、とても残酷な幻だった。
 ・・・・残酷に、僕がどうしてここにいるのかを
思い起こさせた。
 声をかけてきたのは彼女の方からだった。
ブルーリバーと呼ばれる河のほとりで、当てもなくベンチで
たたずんでいる僕に彼女は、突然背後から
 『Japanese?』
と、声をかけてきた。僕は驚きながらも『Yes』といって
振り返った。 
 そこにいたのは、黒髪に濃い緑の目をした彼女だった。
キラキラと瞳を輝かせ、嬉しそうに流暢な日本語で
 『私のお爺さんが、日本人なの!』
 といって、ちゃっかり隣に座った。ということは、
彼女は1/4(クォーター)ということか。
 僕は、楽しそうにしゃべり続ける彼女の横顔をじっと
見つめていた。 彼女の中の1/4が僕の心の中の
オアシスを、ゆりかごを、想い出を呼び起こさせる。
 まだあれから2日しか経っていないのに、心の中では
既に”想い出”としてかたずけられていた。
 そして、僕は彼女を抱いた。 ごく自然な行為だった。
人気のない深夜に彼女を部屋に招きいれ、当たり前のように
彼女を抱いた。
 そして、目がさめた今、それらが夢ではなく現実なのだと
彼女の黒髪は言っていた。
 彼女は、カーテンをもう少し開けるとおもむろに髪を
かきあげ、タバコに火をつけた。
 「今、何時かな?」
 僕はベッドに横になったまま、彼女に向き直り聞いた。
 「・・・6時。そろそろお友達が起きてくるんじゃない?」
 彼女は悪戯っぽく笑うと、タバコの火を消しバスローブを
脱いだ。そして椅子に掛けてあった薄紫色のニットに袖を
通し始めた。
 「あなた・・・私が前にあった日本人に似てる。
  その人はあなたより痩せてて、病気みたいだった。」
 僕は黙って彼女の話を聞いた。
 「あなたと同じように、ブルーリバーの流れを
  じっと見てて今にも飛びこみそうだった。でも、私が
  話し掛けると、笑顔になっていろいろ話してくれた。」
 きっと、僕も河に身を投げそうな顔をしていたに違いない。
 「その時は、たわいも無い話で終ったんだけど、
  その後も何度もブルーリバーで見かけたの。
  1週間くらい前にも見かけたよ。でも今までの暗い顔とは
  全然違って、明るい感じなの。もうすぐ、奥さんが
  日本からいっしょに住むために来るんだって。
  そういってた。」
 残酷な偶然だった。 この小さな町にそんなに沢山の
日本人がいるわけでもないだろう。 彼女の話は
君から聞いた話と全て一致しているように感じた。
僕は一瞬顔をこわばらせ、何も言葉が出なくなってしまった。
この天井の高すぎる部屋でさえも、息苦しく感じてきた・・・
 「・・・どうしたの?ワタシの日本語、ヘン?」
 着替え終わった彼女は心配そうに、僕の顔を覗き込み
澄んだグリーンの瞳で、僕の心の動揺を見極めようとしていた。
 「あなたの目は・・・何か、いつも泣いてるようにみえる。
  笑ってても、すましてても・・・ワタシを抱いてる時でも・・・」
 「・・・ゴメン。もう帰ってくれないか・・・」
 精一杯搾り出した言葉は、きっと彼女を深く傷つけたに
違いない。 それは解っていた。それでもよかった。
 何もかも、もうどうでもいい。 ふいにそんな考えが頭をよぎった。
 「そんな顔をしたあなたを一人おいて帰れない。」
 彼女は覗き込んだまま、僕の唇に自分の暖かい唇を軽くあてがった。
夕べ何度も繰り返した行為。 ソレが今はなぜか、優しく
抱擁されているように、頭の中をふわふわとした安心感が広がった。
 「ワタシのお爺さんは、日本に置いてきたコイビトの写真を
  今でも持ってて、時々ソレをみて泣いてる。
  その人はお爺さんが、ここに来る前に亡くなったんだって。
  それでも、グランマには内緒でね・・・。
  ・・・あなたの涙は、お爺さんの涙みたいに透き通ってる。」
 彼女はそれだけ言うと、静かに部屋を出て行った。
 複雑な涙だった。 いろいろな思いが入り混じり、
ゴチャゴチャと、僕を悩ませた。
 それでも、いつのまにか流れ出た涙はとめどなく頬を
流れ落ち、枯れることなく真っ白いシーツに小さなグレーの
湖を幾つも幾つもつくった。
 君はきっとこの異国の夫の元で僕を忘れてしまうかもしれない。
僕はその現実も知らず、この地を後にして日本の四季を過ごしていく
のだろうか。 それでも僕の心の中は君が愛されているという事に
安堵してもいた。 君は僕に愛してると言った。そして僕も
愛していると言った。 だけど君は他の誰かにも愛されていた。
 その愛は平凡で、飾りない、さりげない言葉で埋め尽くされ
いつの日にか馴れ合っていくだろう。
 しかしそれは、平和で穏やかな、心癒される毎日で
あることも君はわかっているのだろう。
 それでも、僕は君をまだ愛していた。
簡単に「愛した記憶」に収めることはできずに、
現在進行形で心は君に向かっていた。 ソレを誰かに
解って欲しかった。 君には伝わっている。
それだけで充分だと思っていたのに、僕の涙はそれだけでは
簡単に終れなかったことを証明していた。
 誰でもよかった・・・誰でもいいから思い切り悲しんで
いいんだと言ってほしかった。 
 誰かに言って欲しかった。ただそれだけの言葉が
欲しかった。 僕の心は開放されたかった。
 今、同じ街に滞在する君は何をしているのだろうか?
 君に会えるだろうか?
 そんな、幸せな偶然が僕に降り注ぐだろうか?
 この愛はいつ記憶の中での過去形になるのだろうか?
 僕の涙はいつ止まるのだろうか?


〜  f  i  n  〜






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