I t   T a k e s   T w o

         
                                                                               
《1》                                    

 心に隙間があるとしたら、きっとそのスペースに
彼女はするりと入り込んできたのだろう。
 
 それまで何をするにも日常の当然としか
受け止められず、感動も感慨も何も感じず、
ただ毎日を時間割通りにすごしていた。

 何かが欠けていた。
俺の心の中が足りないネジの分を補おうと、
不自然にぎこちなくまわり続けた。

 いつも何かを探していた。いつも何かを求めていた。
それが何かとわからない分、イライラを内に
押し込めて、毎日仮面をかぶってすごしていた。

 でも・・・今なら、探していたそれが何だったのか
わかるような気さえしている。
 足りなかったネジがようやく補われ、朗々とした
気分が潤滑油となり、爽快に活動している。
 
 そんな風に感じている自分が意外でもあるが、
この際この爽快さに目をつぶろう。
 真澄にだって優しくできる。自分の浮気心に
浮かれて彼女にも優しくなれるなんて意外だったが、
このことは真澄には黙っておこう。

 ただでさえ、4年も付き合ってきてマンネリ気味の
間柄を今更複雑にして、彼女を傷つけたくもないし。
 心の中に芽生えた罪悪感は、こっそりしまっておこう。
 この気持ちが誰にも気付かれないうちに、
絵梨に出会ったことは忘れてしまおう。

 ・・・そう決めていた。今回の再会でのこの気持ちは
俺一人で整理をつけるつもりで居たのに。
 絵梨はそんな僕の思いを知ってか知らずか、
再会の翌日の今日、携帯に電話をかけてきた。 
その電話で嫌でも昨日の会話を思い出してしまった。

 『久しぶりだね!仕事も学校と同じで、
  サボってばかりいるんじゃないの?!』
 『ちょっと、男前になったかな?』
 『相変わらず彼女には冷たいんでしょ?!』

 絵梨はあの時”偶然再会した友人”として
屈託のない笑顔で、あの頃と同じように話し掛けてきた。
 あの頃よりもほっそりした頬、アイラインを引いた
大人っぽい目元。

 僕が『ロングが好きなんだ』といったせいで、
ずっと長かった髪は今では、短く切りそろえられて
いて、折からの寒さを忘れるほど軽快な気持ちに
させられた。

 『まさか、まだ高須と付き合ってるのか?』
出来れば”NO”といってほしかった質問だった。
 こんなに綺麗になってしまった絵梨と付き合って
 いるのが出来ることならば知らない人間であって
欲しかった。

 『うん。付き合ってるよ。』
 さっきと同じく笑顔を変えずに絵梨は答えた。
 『来年の春に結婚するんだよ』

 ”僕の物だった絵梨”は、来春結婚してしまう。
 ショックではあったものの、かえってあきらめが
ついてよかったのかもしれない。
 『そうなんだ、良かったな。高須は俺と違って
  浮気とかしないで大事にしてくれそうだもんな』

 絵梨は大きくうなずいて言った。
 『島崎君にはとても苦労しましたから!』
 そういってまた笑った。
 心当たりがありすぎるほどある俺は冗談でも
真に受けて一瞬真顔に戻ってしまった。
 毎日のジレンマの中に居る俺を必死に隠して
社会人生活をエンジョイしているように見せた俺の
仮面がはがれ、一瞬本当の自分を露呈してしまった。

 『冗談冗談! ね、今度お茶でもしながら
  ゆっくり思い出話でもしようよ。』
 絵梨はこれから顧客のところに行かなくては
いけないからといい、携帯の番号だけ交換して
雑踏の中に消えていった。
 グレーや黒の都会の色にまみれた人ごみに
何時までも、絵梨の薄いオレンジ色のスーツが
焼きついていた。

 ・・・まるで今日のことのように、細かい
所まで思い出せる。
 再会に戸惑いながらも、どこかに浮かれる自分が
居る。戸惑いながらも、”今度”に期待する
自分が居る。

 今では絵梨は高須の物なのに。そして歳が明けて
桜が咲く頃には、永遠に高須に独占されてしまうのに。

 そして俺には、真澄がいる。
両親からしつこく結婚を考えなさいと言われている、
真澄がいる。
 神様は残酷だ・・・。


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