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 なんだか本当に憂鬱になってきた。            
私は今日からほんとにここで働くのだろうか?
しかもいかにもやる気なさそうな私がなぜ秘書?

 ブルーグレーのタイルが所々剥げ落ちた、古い3階建ての
ビルの前で、尚はため息をつき中に入るのを躊躇していた。
 戻れるものなら戻りたい・・・しかし・・・。
尚はちらりと腕時計に目をやると、またひとつため息をつき
観念したようにビルの入り口をくぐった。

 面接の時と同様に今日もエントランスの掃除は申し分なく
行き届いている。 だが、それを気づかせないほど老朽化の
進んだビルでは、窓際の花も枯れて見えてくる。
 
 あ〜ますます憂鬱になってきた。
 こんな紙破ってやろうか? こんな安っぽいただのコピー用紙・・・。

 『入社式会場 3階会議室』

 達筆とまでは行かないが、整った毛筆で書かれてある。
横目でチラリとみやり、エレベーターのボタンを押した。

 「おはようございます・・・」
 後ろから尚と同じように、新品のグレーのスーツを
来た女が声をかけてきた。
 あ、確か面接の時私の前だった人だ・・・。

 「あの、私今日からお世話になります、峰岸絵理です」
 「あ、こちらこそ…私も新入社員です。 小松田尚って言います。
  よろしく」

 なんとなく、ホッとした気分。 一人でぐじゅぐじゅ考えて
いたせいで、気持ちがネガティブになってしまった。
 ココは誰かとトークでもして、もう少しテンションをあげないと・・・。
 ・・・・などという尚の期待もむなしく、絵理はエレベーターが
動き出しても、世話しなく視線を泳がすだけで一言も
口を開かなかった。 尚はただうんざりした目で絵理を見る
だけだった。

 会場に入ると、15畳ほどの広さの部屋の中央にパイプいすが5脚
横一線に並べられていた。 そして、演壇らしいものも用意されている。
 
 「まだ誰もきてないみたいだね」
 絵理がこそこそ声で話し掛けてきた。 誰もいなくて安心してるみたい。
 そういう私も・・・ちょっと安心している。 もしココでえらそうな
はげ頭のじじいがいたら、もうそれこそ不幸のどん底かもしれない。
 しかし入社式がはじまると、関係者席のはげ頭のエラぶった
オヤジたちが、新人を値踏みするように見つめはじめた。

 なんとか長とかの挨拶や激励が続く。も〜早く辞令もらって
解散しようよ! 尚の膝はせわしなく小刻みに動きつづけた。

 「え〜式次第ではここで代表取締役、友永秀吉からの祝辞なのですが、
  到着が遅れておりますので、代役ではございますが新宿店店長の
  小林君より祝辞をいただきたいと思います。」

 壇上に上った”小林君”はまだ40台直前といったところだろうか?
働き盛りで、精悍な顔つきをしている。 社長の”秀吉くん”からの
祝辞よりも、若い小林君の方がずっといいじゃん。

 しかし、小林君が口を開くのと会議室のドアが突然乱暴に開くのが
同時だったため、尚は小林君の声を聞きそびれた。
 演壇横に座っていた御偉方が口々に、「社長・・・」「お待ちしてました」
と言い立ち上がった。
 突然乱入してきた「社長」と呼ばれる男は、老人とは思えない足音で
尚の背後から近づき。横をとおりすぎていった。

 「申しわけない、急な打ち合わせと渋滞で遅れました。」
 尚は唖然とした・・・どうしてアイツが・・・・。
 「株式会社グリーン代表取締役社長、友永秀吉です」
 アイツが社長なんて・・・そんなの聞いてないよ!
 アイツが社長なのに、何で私を採用したの? 

 隣の絵理もあっけに取られて、口が半分開いたままだ。
 そして小さく誰にも聞こえないようにつぶやいたつもりだろうが、
尚にはしっかり聞こえた。「・・・かっこいい・・・」

 演壇に立ち、しっかりとした目線で新入社員に訴えかけている、
この男こそ社長なのだ。  友永秀吉26歳独身。
 小林君よりも若くて、ある意味働き盛りである。
 若くして社長としての自身とやる気に満ち溢れた力強い瞳。
 何もかも、面接の時にこのビルの1階で見たあいつとは
違っていた。 あの時あいつは、どこにでもいるにーちゃんで
 汚いジーパンをはいていた。 そして・・・そうそう
そこにいる常務さんに腕をつかまれて懇願されてた。
 
 『お願いですから、茶髪にロン毛は止めてください・・・』

 今ここでえらそうにしゃべっているあいつを見る限り、
茶髪もロン毛もやめなかったみたい。
 ”社長”なんて呼ばれているけど、そこらのヤンチャ坊主と
違わないジャン。

 あいつは祝辞の最後にチラッと上目遣いで私をみた。
 そして口の端にちょっと笑いを浮かべた。
 くやしーーーーー! 私だってこんな会社入りたくて入った
分けじゃないのに! なんであいつにあんな顔されなくっちゃ
いけないわけ?

 尚は徐々に自分の顔が赤らんでくるのがわかった。
それを秀吉に悟られないよう、グッとあごを引き下を向いた、

 「それでは各自渡された辞令を持って、先輩社員について行くように。
  営業店配属者は、小林君に。 総務は本田課長に。
  秘書課は・・・社長に」

 え?社長についていくの? なんとか課長とかじゃないの?
尚は内心憮然としながら秀吉に頭を下げた。
 「よろしくお願いします。」 
 しかし秀吉はにこりともせずに、立ち上がり尚に手振りで
ついてくるように命じた。
 
 そして、そこだけ浮いたようにしつらえた新品のドアの前で
立ち止まりポケットからかぎを出し、尚に差し出した。
 「ここが俺の部屋。 まだ爺ちゃんの名前のままだけどね。
  でも、近いうちに俺の名前に直して秘書課の看板も
  つけるから。 じゃ、開けて」

 尚は言われるままドアノブに鍵を差込、ドアを開けて入ろうとした。
 すると突然、
 「心得一。 社長より先に部屋に入らないこと。」
 そういって廊下に響くほどの大声で秀吉は笑った。
 そそくさと秀吉の後に下がった尚は、その場で秀吉を突き飛ばし
ここから走り去りたいと思っていた。

 中に入ると座り心地のよさそうなソファと、社長用のデスクのセットが
おかれていた。 床には先ほどまでの硬いリノリウムと違い、ふかふかの
ベージュの絨毯が敷かれてある。
 
 尚のデスクはその中でも異彩を放っていた。
使いまわしの事務机に大きなデスクトップのパソコンが一台。
 入り口のすぐ脇にすでに設置してあった。

 秀吉は自分の机ではなく、ソファにどっかと腰をおろし、
おもむろにタバコに火をつけた。
 「こないと思ってたのに、来たんだ」
 「・・・え?」

 突然話し掛けられて、ハッとして振り返った。
 「だって、駅のゴミ箱にうちの会社案内捨ててたじゃん」
 秀吉の顔はさっきまでの社長の顔ではなく、面接の日に会った
ヤンチャ坊主の顔になっていた。
 
 尚は困ってしまった。 言い返したいことは山ほどあるが、
この場はどういう言葉づかいで話したらいいのだろうか?
 もちろん、あの時のようにタメ語で言い返したいのは山々なんだが。
 「あれは・・・申しわけありませんでした。 あの日の朝、
  家を出る前に第一希望の会社から内定をもらったんで・・・
  取り消されましたけど・・・。」

 「へ〜そうだったんだ。 じゃ、あの時『こんな会社来る気ないもん』
  って俺に言ったのは本心だったんだ。」
 「取り消された後、何社か希望出したんですけど面接すらできなくて」

 ・・・って私ちょっとしゃべりすぎじゃない? なんでこんなことまで
”社長”であるあいつにペラペラしゃべってるのよ。

 「俺はね、君が採用に成るなら社長引き受けるって幹部連中に言った」
 タバコの火を消しながら立ち上がり、どんどん尚に近づいてくる。
 「爺ちゃんが急に死んじゃって、遺言で俺を後継者に指名してたん
  だよね。でも俺まだよその会社で修行中でさ〜。またそこに
  かわいい子がいてね〜。 付き合ってたんだけど別れちゃった。
  君に会ったから。」

 「ちょ、やめてください」
 秀吉は尚の肩をやさしくつかみ、顔を近づけてきたが尚は慌てて
 体を離した。

 「な〜んてね! 嘘々、冗談。なんか緊張してるみたいだから」
あ〜も〜本当にどうにかしてこいつ!さっきからペース狂わされっぱなし。  
こんなんで毎日仕事をやっていけるの?
こんな奴が社長の会社なんて大丈夫なの?

 「じゃ、気を取り直して仕事の話。
  朝は8時半までに出社して9時までに俺の予定をまとめておくこと。
  遅刻はしないこと。1ヶ月でこの会社の営業店の状況を把握しておくこと。
  あ、それとうちはローン会社だから借金はしないこと。」
 
 秀吉は自分のデスクに腰掛け、尚に封筒を投げつけた。
 「それから、俺について客先まわったりするから安物の装飾品はつけるな。
  それで今日中に名の知れた高級品を買って身に付けて明日出社しろ」

 尚は床に落ちた封筒を拾い上げ、中身を確認して仰天した。
 「え・・・こんなに? 100万くらいあるんですけど」
 「くらいじゃない。100万ある。それだけあれば十分だろ」

 こいつ、私を人形か何かと勘違いしてるんじゃない?
 ちょっとむかつくけど・・・高級品を身につけるのは悪い気がしないし、
まぁ、良いとするか。
 尚は金の入った封筒を厳重にバックの一番下に入れて、ファスナーを閉めた。

 「あの、今日は何をすればいいですか?」
 「机の上にある書類全部に目を通しておけ。俺の1ヶ月のスケジュールが
  書いてある。 目を通したらそこにあるパソコンのスケジュールに
  打ち込んでおいてくれ。」

 尚は自分の机の上の書類を見た。 とんでもない殴り書きのオンパレードで、
読むのさえ苦労しそうだった。 そんな作業が夕方6時までに終わるだろうか?
 夢の定時上がり→合コンはいつになったらかなうのだろうか?

 「あ、それから俺は今日ずっとここにいるが、来客以外に話し掛けないでくれ。」
 そういったきり、机の上の資料の山に向かうあいつの顔は、
さっきのヤンチャ坊主の顔でもなく社長の顔でもなく、ただただ真剣な
表情に変わっていた。 
 尚の頭に絵理のつぶやきが思い浮かんだ。

 『・・・かっこいい・・・・』

 かもしれないな・・・。 あいつ意外と・・・・。
※※※

翌日、尚はタイムカードの”8:20”を確認し胸をはって
勢いよく社長室のドアを開けた。
 『まだあいつはきてないだろう。きっと重役出勤じゃない?』
という期待は見事に裏切られ、部屋の真ん中にあるひときわ大きな
デスクで新聞を目いっぱい広げる秀吉の姿があった。

 「あ、おはようございます・・・」
顔も見えない相手に頭を下げるなんて、なんて滑稽なんだろう。
 しかも秀吉は一言も返してこない。

 しかたなく、席につこうと自分のデスクをみて思わず目を見張った。
 「あ〜、そこの新聞片付けといて。その前に赤ペンで
  囲ったところ切り抜いて、ちゃんとスクラップしとけよ」

 ・・・朝一から命令口調ですか。

 「・・・それとお前、センス悪い」
 尚は首から下つま先まで昨日買ったブランドに身を固めていた。
 前から欲しかったリングもいつも見えるように右手にしている。

 「申しわけありません・・・・」
 ブスっとした声をわざと強調して相手の態度を伺ってみたが
大げさに広げられた新聞の奥で『っくっく!』っと押し殺した
笑いが聞こえてくるだけだった。

 「いいよ別に。あ、今日夜空けとけよ。二人だけのラブラブな
  歓迎会するから!」

 は? 今日の今日なんていきなり言われても・・・
 今夜尚は、営業店配属者たちと一緒に歓迎会をしてもらえる
予定を入れていた。
 「あの・・・でも・・・」
 「社長命令だから。すっげーいい店予約したんだ」
 尚の言葉をさえぎった秀吉は今日初めて新聞を降ろし顔を見せた。

 昨日と同じYシャツにネクタイ。昨日と違うのはうっすらはえた
無精ひげ。 そしてあの日のような悪がきの笑顔。
 「でも、あの・・・」
 「さ〜仕事しろ〜!
 秀吉は再び新聞でガードを張ってしまい、尚はいらだたしげに
はさみをひたすら動かしていた。

 「かんぱ〜い!」
 「あの、いい店ってこの居酒屋ですか?」
 周りはガキ・・・いや、見るところ高・・・学生ばっかり。
 どこにでもあるそんな居酒屋で尚の派手な姿は浮くどころではなく
肩身の狭ささえ感じていた。
 しぶしぶ営業店の歓迎会を断り、社長についてきたものの
尚は後悔していた。 せっかく社会人になったのに・・・。

 「お前、俺と心中する気ある?」
 え?まだ一口も飲んでないのに、そんな話・・・酔ってる?
 尚はいぶかしげな視線を秀吉に向けた。
 秀吉は真剣な顔つきから一変して、”極上の笑顔”と言わんばかりに
 「ごめ〜ん! 実は仕事中もこっそり湯飲みに焼酎入れてました!」

 ・・・・こいつ最低。 かっこいいなんて思った私が馬鹿だった。
 「あの、心中ってなんですか? 会社つぶれるんですか?」
 そういうと尚は開き直り、ビールを一気にあおりすぐさま
お代わりを頼んだ。
 さ〜何でも話せ! 今決めた。こんなわけわかんない奴の会社
なんてさっさと辞めてやる。 フリーターにでもなってやる!
 素敵な上司、楽しい同僚、頼もしい先輩。
日差しのあふれるオフィスで、ひょんな出会い・・・
 そのすべては”夢”でしかなかった。

 現実は、きっとこんなもんなのかもしれない。
 秀吉をみると自分の心の中に変な渦が広がっていくのがわかる。

 「俺、残務整理で社長に就任しただけなんだ。
  営業店で規正法に引っかかる不正があって、発覚した矢先に
  爺ちゃん死んじゃって。 被害者が訴えるっていうんだよ。
  会社の奴らは誰も責任とりたがらないし、じゃ、遺言どおり
  俺を社長にして責任だけとってもらおうって。」

 それは、あんたの問題で私はなんであんたと心中しなくちゃ
いけないのよ。 尚のなかで一段と苛々がつのった。

 「俺、それ知ってはじめ社長就任の話断ったんだよ。
  そんな会社知るか! 俺は無関係だってな。
  でも、駅でお前が会社案内捨ててるのを見てなんか・・・
  ちょっとムカついたんだよね。」

 そこまでいうと、秀吉は得意の押し殺した笑いを浮かべた。
 ムカついた・・・そりゃそうだよね。尚のイライラが少し
軽くなった。というよりしぼんでしまった。ちょと罪悪感。
 きっとあの豪華な電報で届いた採用通知も、あいつの
意地悪だったんだ。尚は深いため息をついてあの日の光景を 
思い出した。

 『なんでそれ捨てるの?』
 ゴミ箱に捨ててすぐにあいつが声をかけてきた。
 尚はびっくりして振り返ったが、話し掛けてきたのが
どこにでも居るちょっと悪そうな男だとわかり無視をしていた。
 『もしかして面接の帰りじゃない? そんなとこ
  人に見られたら採用してもらえないよ』
 歩き出した尚にしつこくくっついてきて、話し掛ける。
いいかげんうっとうしくなり、立ち止まった。
 『じゃぁ、あんたがどっか捨ててくればいいでしょ?
  別に採用にならなくてもいいの!ほっといてよ!』
 それでも引き下がらずに、あいつは話し掛けてくる。
 『でもせっかく面接したんでしょ?もったいないよ』
 尚はほとほとうんざりして、もうこれっきりとばかりに
 言い放った。
 『あんな会社行く気ないの!それにあんたみたいなのも
  だいっきらい! もうついてこないで』
 それっきりあいつは話し掛けてこなかった。
 
 「ぜって−入社しないと思ったもん。お前会社案内
  捨てた後すぐ横の喫煙所でタバコすってたろ?!
  普通面接帰りにしないって。」

 そ、そこまでみられてた?! 尚は顔から火が噴出しそうに
なってきた。 ここまで言われっぱなし・・・。
 なんだか尚は自分がとてつもなく悪人に思えてきた。
 秀吉は自分のことを嫌ってる。でもどうして・・・

 「じゃ、なんで私を秘書にしたんですか?
  そんなにムカつくなら、営業店にでも配属すれば
  良かったじゃないですか!
  あ、もしかして一人で責任とって辞めるのが
  怖かったとか? へ〜結構臆病者なんじゃない?
  気が強そうで、仕事もろくにできない新人なら
  道連れに辞めても大して影響ないし、その後も
  何とか成るだろうしね?!
  でも・・・ひどすぎる」

 言いながら尚はあふれる涙を止めることができなかった。
 なんで私が泣く必要があるのよ・・・そう思いながらも
こんな会社に入社してしまった自分が情けなくて、悔しくて。
 自分の存在価値すべてを否定されたような気さえしてくる。
声に出して泣きたい気分だったが、周りの視線がちらほら
刺さりだしたので、ハンカチを目に強く当ててなんとか
持ちこたえた。

 「出ようか? 今日はちょと暖かいから外の風にあたろう」

 秀吉は会計を済まし、尚の鞄とコートを片手に持ち
尚の手首をひっぱり歩き出した。
 人通りが多い繁華街を抜けると大きな川が目の前に広がった。

 「やっぱちょっと寒いか。でも、ほら桜が満開だよ」
 アイシャドウもアイラインもすっかり剥げ落ちた顔を上げると
川沿いに桜が咲き乱れ、自らの美しさを川面に映しながら時折吹く
風に身を任せてゆれている。
 しばらくその光景に心を奪われて、尚の心も次第に
落ち着きを取り戻してきた。

 「あの・・・本当に私も社長と一緒に辞めるんですか?」
 目線は桜を見つめたまま尚は切り出した。
 「君が残りたいなら、俺は止めない。そんな権利ないから。
  でも、俺はできることならついてきて欲しい。
  君の事は何にも知らないけど、ひとつだけ信じたいことがある。
  実は、面接の時ついたての後ろで聞いてたんだ。
  ”特技は負けないことです”って力強く言った君の言葉。」

 なんだろう・・・そんなようなことを言ったような気もする。
 ただ言ったとしてもそれは自分の得意分野に関してだけ、負けず嫌い
 なだけで、今は・・・負けてしまってももういいような気がしてる。

 秀吉も両手をジャケットのポケットに突っ込んで、桜を見ている。
 「俺には君の特技が必要なんだ。会社をひっくり返すことは
  もうできない。 でも、新しい会社を興そうと思ってる。
  そのスタッフに加わって欲しい。」

 川べりにきて初めて二人の視線がかち合った。
 今の今まで否定されてきた自分のアイデンテティーを、
必要としてる。 尚はわけがわからずただ秀吉の瞳の奥の
決意が本物かをひたすら探るしかなかった。

 「でも、私のこと嫌いじゃないんですか? 私は・・・
  社長のこと嫌いです。 だから・・・1発殴らせて下さい。」

 私のことをムカつくと言ったり、必要と言ったり。
一体どっちなのだろう。
 あなたのことに苛々したり、必要とされてちょっと嬉しかったり
一体どっちなんだろう?

 「1発殴らせたら、俺についてきてくれる?
  それならどうぞ」

 尚はうなずいて、右手を震わせながら挙げた。
 秀吉はポケットから両手を出し、気をつけの姿勢をしている
 本当に、ついていってもいいの?
 不景気のなかせっかく採用された会社なのに・・・でも、
採用の経緯に納得もいかないし、社長が辞めたら私もクビになるかも
しれないし・・・だったら1発・・・。
 尚は勢いよく右手を振り下ろした、頼りなく秀吉の頬をたたいた
右手はすぐに秀吉につかまれて身動きができなくなってしまい、
 次の瞬間、尚の唇は秀吉の唇と重なり、温かい感触が顔全体に
広がった。 驚いた尚は目を見開き勢いよく秀吉を突き飛ばした。

 「ちょ、そこまでついていくとは言ってない!
  それに、そんなこと許してない!」

 「俺の気持ち。ついてきてくれるお礼みたいのものだよ
  もう、決まったからな。」

 お礼って・・・このキスに気持ちはこもってないの?
これから先もこんな奴の下で働いていくの?
 やっぱり私、こいつ嫌い・・・なのかな?
尚の心の中で気持ちが揺らぎはじめた。どこをどうと
言われてもわからない。でも・・・ひきつけられる。
 キスをされた時ちょっと感じた幸せは何なんだろう?
その答えはこの先にあるのだろうか?
この先、あいつについていってあいつは相変わらず社長で
私は部下で。 それでもどっかつながってて。
 あいつと私・・・協力しあえるのかな?
 恋も、仕事も・・・。
 あ、あいつにいわなくちゃ・・・

 「新しい会社は日差しの目いっぱい入るオフィスに
  してくださいよ!社長!」

 並んで歩き出す二人を桜がいつまでも見つめていた。


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